青葉真司(京都アニメーション放火事件)の人間学

41歳の無職の男が京都のアニメ制作会社に侵入し、ガソリンに火をつけて36人の命を奪いました。

犯人の青葉真司は、自身の書いた小説がアニメ制作会社に盗用されたと思い込んで、強い恨みを抱いていました。

 

人格は遺伝と育った環境で決まりますが、青葉の経歴を見ると子供の精神を破壊する実験をしているかと思うほど、救いのないものでした。

そんな犯人の経歴をたどりながら、人格を見ていきます。

 

用語の説明

人を見抜く方法ではエゴグラムという人格診断の用語を用いて、解説をしています。

暗記しなくても本文は読めるようになっていますが、一応5つの用語を列記します。

 

CP(厳格な父性):責任感・向上心・規律・自他に厳しい・指導的・正義感

NP(優しい母性):優しさ・共感力・面倒見のよさ

A(大人の論理性):論理性・情報収集・分析・計算高さ・客観的・利己的

FC(自由な子供性):好奇心・行動力・創造性・感情的・わがまま

AC(場に合わせる子供):協調性・顔色を伺う・自信がない・ひねくれる

 

誕生

青葉が生まれる前、父親は青葉の母親とは別の女性と家庭を築いていました。

父親は本業の農家の仕事はあまりせず、職を転々としていました。

 

経済的に厳しいはずですが子供を6人も作っていて、計画性の無さを感じさせます。

父親の人格の要素としてはFC(感情的・自己中心的)が高くて、A(計画性・論理性)が低いと感じさせます。

 

この父親は顔が良くて背も高いためモテたそうで、送迎バスの運転などをしていた頃に幼稚園の教諭と不倫関係になり、離婚をして家を出てしまいます。

この行動はCP(父性的な責任感)やNP(優しさ)の低さを感じさせます。

 

昔は政財界で成功した人物が、妾など複数の女性との間に子供を作っていましたが、これは勝ち残ったボス猿が多くの子を残すように、CP(リーダー)の要素からくる行動です。

そういう男性は複数の家庭を支える経済力を持っているのが前提ですが、青葉の父親はCP(責任感)が低くてあまり仕事をしていません。

 

さらに父親は妻子を置いて家を出て行った後、勝手に田畑を売ってしまったため、残された元妻と子供は貧窮しました。

父親のFC(自分勝手)が突出して高いことが伺われます。

 

こういう外見だけの軽薄な男とくっついてしまう女性は一定数存在しますが、大抵は男の生活力の無さに泣かされるハメになります。

四十代半ばの父親は不倫関係だった女性と再婚し、その二人の間に生まれたのが青葉です。

 

小学校時代

青葉は茨城の小学校に入学しましたが、彼が小三の時に母親が家を出ていく形で両親が離婚しています。

父子家庭となった後も父親は複数の女性と交際してトラブルを起こしたりと、初婚の頃から変わらないFC(社交的・感情的)の高さを見せています。

 

あまり働かない父親で家計は苦しかったようで、茨城から埼玉に転居しています。

小学校時代の青葉は万引きを日常的に行っていて、友人に一緒にやらないかと悪びれもせずに声をかけています。

このエピソードはFC(身勝手)が高いととる事もできますが、同時にCP(規律・正義感)が低いこともあらわします。

 

子供時代は人格が大きく揺れ動く頃で、なおかつ子供なのでCP(厳格な父性)はあまり発達していないものですが、万引きを普通にしていた事については一般的でなく、留意すべき点です。

 

中学時代

小学生から柔道スクールに通っていた青葉は、中学で兄と同じ柔道部に入りました。

スポーツ経験は通常FC(行動力)をプラスするものですが、柔道のように礼儀を重んじたりするものはCP(規律)も含まれます。

 

しかし青葉は柔道部で威張ったり反則も辞さなかったりで、他の生徒はあまり組みたがらなかったそうなのでCPを評価できません。

年齢的にFC(活発・身勝手)が優位なのは仕方ないですが、彼は同年代と比べてもルールを守らなかったり、相手の痛みへのNP(共感力)が足りません。

 

家庭では父親の家賃滞納で再び転居せざるをえなくなり、青葉は県内の別の中学に転校しています。
青葉の経歴には中学の中途半端な時期に、同県内で転居をした記録が残っています。

この転居は第四章の『経歴によって人を見抜く』で説明した通り、入学と卒業で中学校が違うという違和感としてピックアップする項目です。

 

その違和感の原因を探ることで、本人に降りかかったストレスを知ることができます。

現に青葉の転居も親が転勤族なわけではなく、マイホームの購入による転居でもなく、家賃滞納が原因でした。

 

理不尽な理由で転校を経験したからか、青葉は転校先では大きく雰囲気が変わっています。

転校前の学校では威張ったり、柔道で反則的な組み方をする側でした。

それが転校をすると、逆にイジメを受ける側になってしまいました。

 

家庭生活が壊れる連続で学校生活も上手くいかないなら、青葉にとって世界はオアシスのない砂漠のように感じたでしょう。

青葉は中学校に行かなくなり、引きこもるようになりました。

 

高校時代

不登校のまま中学を卒業した青葉は、アルバイトをしながら夜間高校に通っています。

生徒の境遇も年齢もバラバラの夜間高校は、同年代の中にいると浮きやすい青葉には向いていました。

 

教室では一番前の席で授業を受け、バイトでは無遅刻・無欠席でまじめな勤務態度でした。

この点にCP(向上心)の芽生えか、AC(従属的)の高さの可能性を見ます。

 

彼は高校でもバイト先でも我を出すような事がなく、意志力を感じさせないため、CP(頑固・意志)よりAC(従順)の可能性が高いものとします。

また、青葉は鉄道写真を撮るのが好きでした。

自閉スペクトラム(アスペルガー)の人は、鉄道を好む傾向があります。

 

彼らはレールが平行に敷かれたさまや、その上を大きな鉄道車両が時間通りに走ったり、窓がキッチリと並んでいる姿に惹かれます。

彼らが似たようなアングルの鉄道写真ばかり撮るのは、正解の構図にピッタリと写真を納める作業にこだわりがあるからです。

 

皆さんもホテルのベッドシーツがシワひとつなく敷かれているのを見ると、気持ちがよくなると思いますが、撮り鉄と呼ばれる人の快感もそれと同じです。

ただ自閉スペクトラム(アスペルガー)の場合はピッタリ合わせることへの執着が強いため、構図の邪魔になる木を切ったり、駅員や他の撮り鉄と騒動を起こしてしまいます。

 

話を青葉に戻します。

彼にとって不確かな事が多い世界の中で、鉄道だけは確かな存在だったのでしょう。

必ずしも鉄道好き=自閉スペクトラムというわけではないですが、小学生時代の万引きや中学の柔道部での他害行為も合わせ、青葉にその可能性があるとしてピックアップします。

 

※誤解がないように注釈を加えると、アスペルガーは鉄道以外にも数学や天文等にも興味を示し、強い好奇心を持っているのでスペシャリストとなりうる才能でもあります。

テスラのイーロン・マスク氏は、自身がアスペルガー症候群だという事を公表しています。

 

青葉の高校生活で意外なのはクラスのヤンキー達に憧れを抱いていた事で、そのことをわざわざヤンキーに伝えています。

これはFC(自由な子供性)か、AC(場に合わせる子供)の高さの可能性があります。

 

しかし彼自身は暴走行為や奇抜な恰好などをしていないため、FCは限定的な高さと推察します。

この大して高くないFCが青葉の人格の中で目についたのは、他の要素がAC(従順)以外は全く目立たないからです。

 

転校前の中学時代に悪目立ちとはいえ印象的だったFCが、この頃には影を潜めてしまっています。

青葉がヤンキーに憧れたのは畏怖の念が転じてのことか、それともヤンキーの非社会性に自分と通じる何かを感じたのかもしれません。

 

CP(リーダーシップ)・NP(優しさ)・A(論理)といった要素は、青葉のエピソードからは見えてきません。

要素が全般的に低いと植物的な印象を他人に与え、個性が見えなくて影が薄くなります。

 

高校やバイト先で『まじめだけど愛想があまりない』という無機質な印象を残したのも、彼の要素が全般的に低い可能性を裏付けています。

小学校の同級生や、中学でも柔道部員以外は青葉の事が印象に残っていない生徒が多く、これも青葉の要素が全般的に低い可能性を物語っています。

 

高校卒業後

青葉が就活をしたか不明ですが、卒業すると人材派遣・新聞配達・コンビニなどのバイトを転々とします。

この不安定な職歴はCPがまだ育っていない事を意味しますが、人を見抜く方法では26歳±3歳までは成人前と扱うため、進路が定まらない事は大目に見ます。

 

特に青葉は小学校では母親が出ていき、中学では家賃滞納で引っ越して転校など、ことごとく足元を壊されているので向上心が持ちにくい環境でした。

そんな中で彼が21歳の時に、父親が生活苦から自殺をしました。

 

あまり働かずに女性関係が激しく、運転手の仕事をしては事故を起こす父親は、もしかしたら何らかの特性を抱えていたのかもしれません。

 

人生の足踏みが続く

青葉の20代の職歴には、コンビニのバイトが数か所入っています。

コンビニは客層が様々で、予期せぬ要求をされる事があるので青葉の人格には不向きなバイトです。

それなのにコンビニのバイトを店を変え何度も繰り返している事から、青葉の迷走が伺えます。

 

彼は身の振り方を考えられるA(計画性・客観性)がなく、周りにアドバイスできる人もいないため、正解に辿り着けないのは当然の結果です。

犯罪者となる者の周辺には道を示せる人がいないことが多く、これは青葉にも当てはまります。

 

彼が似たようなバイトを転々とすることからは、CP(向上心)とA(計画性)が低い可能性をとります。

CPの低い人の職歴が方向性の定まらないものになるのに対し、高い人の職歴は一貫性があり、右肩上がり(地位の向上)の線になりやすいです。

 

青葉は人材派遣にも登録していたようですが、家賃を滞納するほど金銭に困っていたため、父親同様に休みの多い働き方であった事が推察されます。

彼はギャンブルで借金をするFC(活発)的な金欠ではなく、働きに出なくなったAC(消極)的な金欠というところに人格が出ています。

 

高校までの彼にはFC(行動的)で多少の挑戦が見られましたが、数々の失敗と加齢でFCが後退したことが想像されます。

青葉の失敗の連続は、親と共に正しい幼少期の段階を経ていない事が大きいです。

 

家庭で人間関係の基礎を習得し、学校の友人関係の中で自分という存在を確立していく過程が、青葉にはまるでありません。

周りが正しく成長して大人用自転車に乗る中、彼は一人だけ補助輪が付いた子供用自転車のままで、社会に出されたようなものです。

 

普通の社会人が人生を前に進めている中、青葉は必死にこいでも追いつけずに劣等感を募らせていったことでしょう。

 

最初の事件

大人になってからの青葉の最初の犯罪は、バイトを辞めて生活保護を受給しようとするも断られ、貧窮して食料品を盗んでいたことですが、これは捕まっていません。

最初に逮捕されたのは28歳の時に起こした下着泥棒と、女性への暴行です。

 

青葉は下着泥棒を何度かしている内にエスカレートして、アパートのベランダから女性宅へ侵入して口をふさぎました。

強姦(不同意性交)の有無は不明確ですが、この時は執行猶予判決に留まっています。

子供の頃からの万引きといい、性欲の赴くままの行動といい、青葉の脳には欲望に対するブレーキがないかのようです。

 

こういった抑制機能に難がある脳は、少年の頃から生涯に渡って犯罪を繰り返す生来(生まれつき)犯罪者に多く見られます。

彼らは貧しいから犯罪者になるのではなく、現代社会に適応できない脳だから貧しいのです。

 

ちなみに下着泥棒という犯罪ですが、捕まると家宅捜索でおびただしい量の下着が発見されることが多いです。

これは犯人が下着を自慰に使うのが一番の目的なのではなく、盗むことで脳にドーパミンという快楽物質が出て、盗むこと自体が快感になって止められなくなるためです。

 

家賃を滞納していた上にアパートに家宅捜索が入ったため、青葉は住居を転々とした父親と同じく、追われるように引っ越しました。

真面目にバイトをしていた十代の頃と、生活苦からの万引き~下着泥棒・暴行の点をつなげると、右肩下がりの人生になっている事が見て取れます。

 

脳の問題だけでなく幼少期の発達段階が不十分なまま社会に出た彼は、大人として扱われても出来ないことが多くあります。

その惨めさから、心にオリ(ドス黒い沈殿物)が溜まっていく日々であった事が想像されます。

オリは心の中にヘドロのように蓄積されていき、28歳で限界の量に達して下着泥棒と暴行という形で表に出たのでしょう。

 

本人も犯行動機に関して金欠でヤケになったからと言っています。

貧した時に他害行為に及ぶ者もいれば、発奮して実力以上の力を発揮する者もいます。

失敗続きの彼にはもう、発奮するような内燃機関は無かったのでしょう。

 

28歳という年齢は、人を見抜く方法では成人となる26歳±3歳に当てはまります。

ホルモンが不安定な頃の若気の至りではすまない、しっかりと大人になってからの犯罪は人を見る上で重大事項として扱います。

 

二つ目の事件

下着泥棒と暴行事件を起こした後、青葉は子供の頃に住んでいた茨城県に戻りました。

職業安定所で仕事を探しながら住める、雇用促進住宅という安価な住宅に住んでいる時、徐々に他害的な行動が増えました。

 

青葉の部屋から大音量の音楽や、壁を殴っているような音がするようになりました。

これまで青葉の人格の要素は、他が低いために相対的にAC(場に合わせる子供)を優位としてきました。

 

このAC(おとなしい)の特徴として、忍耐の限界を超えるとひねくれて反抗的になる特徴があります。

彼の半生は我慢を強いられる連続で、一度目の犯罪(下着泥棒・暴行)の時には限界を超えていたことが伺われます。

 

そんな生活の果てに34歳の青葉は包丁を持ってコンビニに押し入り、店員から金を奪っています。

しかしカンシャクを起こしたような行動力は一瞬で醒め、逃げきれないと思って自首をしており、彼の職歴と同じく優柔不断なAC(臆病)が伺えます。

 

流れで見ると強盗の計画はずさんでA(計画性)が低く、逃げ回るようなFC(行動力)も低く、犯行後にAC(臆病)の要素により自首をしました。

強盗という行動にFCを見るかもしれませんが、彼はもともとコンビニ店員の職歴が多く、自分のフィールド内で犯罪をしたに過ぎません。

 

FCが高ければより儲かる、別のフィールドに進出しているはずです。

この事からも彼の要素は全般的に低くて、AC(人の顔色をうかがう)が他より相対的に少し高いため、中途半端な犯行につながった事がわかります。

 

しかしちゃんと機能するくらいACが高ければ、もう少し空気が読める人間になっているはずなので、ACもやはり限定的な高さでしょう。

逮捕後に警察が部屋を確認すると、彼の内面世界のあらわれである室内は荒れ果てた状態でした。

 

この二度目の犯罪の時に彼は34歳でしたが、人を見抜く方法では30代半ばには人格の要素が固まるものとしています。

第六章『年代の人間学』で述べた通り、ここから人格的に大きく成長する可能性は低いです。

 

特に独身で子供はおろか、恋人さえいない青葉が変わる要因は何もありません。

普通の人は26歳~30代半ばで人生の土台を作りますが、青葉はむしろ高校卒業時より後退しています。

 

強盗の動機

青葉はコンビニ強盗の動機について

「仕事で理不尽な扱いを受け、社会で暮らしていくことに嫌気が差した」

と言っています。

 

ですがこれは仕事のせいだけではなく、彼自身の受け止め方の歪みが大きいです。

物事には良い面と悪い面がありますが、彼には良い面を見る認知能力がなくて、自分には悪い事ばかり起こっているように感じます。

 

チャンスが目の前に来ても気が付かないため、人生が好転せずに嫌気が差します。

仕事選びでも対人スキルが低い彼には向かない、コンビニのバイトを何度もやっています。

 

困難な状況に追い込んでいるのは自分自身なのですが、それを認めてしまうと自我が壊れてしまうため、彼のような人間は周囲の人が悪いと考えがちです。

物事の良い面が見えないので、上手くいっている人たちは単に運がいいだけか、何かズルい事をやっているのではないかと邪推します。

 

だから社会に恨みを抱きやすいのです。

 

経済的な理由で強盗をしたわけではない

犯罪が起こると、犯人の直近の状況ばかりクローズアップされます。

青葉のコンビニ強盗であれば犯行時、職が定まらずに雇用促進住宅に住んでいたことから、貧困が原因だと思われがちです。

 

しかし貧困は最終結果に過ぎず、そこに至る過程に犯罪の原因があります。

幼少期から不快な出来事に晒され続けた青葉の脳は、不快なことにのみ反応し、かつ適当に発散する術を持たずに大人になってしまったのが強盗の原因です。

 

もし彼のFC(わがまま・行動的)が高ければ、チンピラのように店で因縁をつけたり交通トラブルを起こしたり、適度にうっぷんを晴らしていたでしょう。

チンピラは狂犬病にかかった野良犬のように、いたらやっかいな存在です。

 

ですがチンピラは早めに病気になるか、加齢で体力が落ちて枯れ木のようになり、脅威の度合いが下がります。

それに対して青葉は時間が経つほど不満のエネルギーが蓄積されていき、いつ大爆発するかわからない危険なタイプです。

 

その爆発は下着泥棒・暴行・コンビニ強盗と、徐々にエスカレートしていっているのがわかります。

 

刑務所での青葉

強盗で捕まった青葉は刑務所に入ります。

青葉の人格であれば他人からストレスを感じやすいため、他の囚人と生活する一般の房は苦痛だったと思われます。

 

そのストレスのためか青葉は刑務所内でトラブルを起こし、懲罰房という部屋に入れられますが、ここでもさらに暴れています。

懲罰房は入浴や読書が制限されたり、正座で視線も一点しか見てはいけないなどの厳しいルールがあり、房で暴れると刑が加算される事もあります。

 

幼いころから理不尽の連続だった彼は、刑務所に入る頃には認知能力の歪みが顕著に見られ、多くの事が理不尽に感じられたはずです。

その怒りが懲罰房に入れられた時、箱罠にとじ込められた野生動物のように、暴れて活路を見出そうとする行動につながったと思われます。

 

ただ、この刑務所の中で青葉は小説を書くことに没頭するようになります。

現実の世界を不安の中で過ごした彼は、架空の世界に居場所を見つけました。

 

出所後の青葉

出所後の青葉は保護観察施設で過ごした後、生活保護を受けながらアパートで暮らし始めました。

一部報道では生活保護を断られたことが放火事件のトリガーのように報じられていますが、断られたのは下着泥棒の頃のことです。

 

出所はしたものの立ち直ったとは言い難く、37歳の頃には精神障害と診断されていて、近隣トラブルは以前よりエスカレートしています。

 

刑務所生活は彼に良い変化をもたらさず、中学時代の引きこもり期間と同じようなものであったと思われます。

出所後の生活で彼は騒音を出すだけでなく、苦情を言いに来た隣家の男性の胸倉をつかんで恫喝するなど、攻撃性が増しています。

 

接する人に恨みを抱く青葉の人格からして、このアパートの隣人が放火の被害者になってもおかしくありませんでした。

一般人が被害の確率を減らすには、青葉のような人間が払えない賃料の家に住むしかありません。

 

青葉の高校卒業後の経歴を見返すと、このようになります。

バイトを転々 ⇒ 下着泥棒 ⇒ コンビニ強盗 ⇒ 服役

この点と点を結ぶと、社会人になってからずっと右肩下がりの人生です。

 

そんな中でも青葉は小説に一縷(いちる)の望みを託して書き続け、アニメ制作会社が募集していたコンテストに作品を送っています。

 

アニメに傾倒した理由

日本のアニメは多くの人が親しむコンテンツですが、青葉にとってはそれ以上の意味がありました。
彼にとってアニメの世界は現実と違って誰にも否定されず、自分が人並に生きられる世界です。

 

その世界の主人公になる手段が、小説で賞を取ってアニメの原作に採用されることでした。

同時に小説で稼ぐことが出来れば生活保護に頼らず、対人ストレスを抱えやすい性質でバイトをする人生からも抜け出すことができます。

 

賞を取りさえすれば人生を大逆転できると、夢がふくらみます。

しかしこういった重たい思いは、転じて怨念となりやすいものです。

 

小説をパクられたと思い込む

コンテストで青葉の小説は、何の賞も受賞できませんでした。

彼には地獄から抜け出す蜘蛛の糸が、自分の目の前で断ち切られたような絶望感だったでしょう。

 

偏執的なストーカーというのは相手をおもんばかる能力が低く、相手のことを勝手に自分の一部のように思っています。

だから拒絶をされると半身をもがれたような、強い被害者意識に見舞われます。

 

青葉にもストーカーに似た精神構造が見られます。

普通の人であれば落選で自分の未熟さを反省材料にするところですが、青葉は人生で上手くいかないことが多すぎて、これ以上の自責をすると自我が壊れてしまうため、周囲に失敗の原因を求めます。

 

彼はコンテストを主催したアニメ制作会社のアニメを観て、複数の作品で自分の小説がパクられていると思い込んで強い憤りを覚えます。

彼のような人間は好意を抱いてアニメ制作会社に小説を送ったかと思えば、それ以上の熱量で強い恨みを抱きます。

 

これまでの青葉の社会人生活は選択ミスの連続ですが、それでも彼は自分の判断力を疑わずにパクられたと断定しています。

青葉はネットの掲示板に、アニメ制作会社に裏切られたことなどを書き込んでいます。

 

その中で印象的なのがアニメ制作会社に対して

『相容れない』

と書いた事です。

 

相容れないとは互いに許せないとか両立しないという意味ですが、まるでアニメ制作会社が青葉を必要としているかのような書き方です。

こういう自分を客観視できない点にも、青葉のA(客観性・論理性)の低さと認知の歪みを感じます。

 

彼がSNSを利用していたかは不明ですが、今までの行動から推察すると、まったく知らない人に距離感のおかしな絡み方をして嫌われるタイプです。

 

コミュニケーション能力に難のある人は発信が苦手なだけでなく、相手からのメッセージも正しく読み取ることができません。

だから対話で相手の話をくみ取るようなコミュニケーションはできず、一人芝居のように勝手に頭の中でストーリーを進めてしまいます。

 

自分の小説がパクられたというのは思い込みなどという生易しいものではなく、彼の中では本当にあった出来事になっています。

傷つけられた心の痛みさえ感じて、その幻肢痛(失って存在しないはずの手足が痛む)によって相手に復讐の炎を燃やします。

 

彼は現実ではなく自分の頭の中の世界線を生きているので、普通の人々は彼がどれほど恨みを抱いているのか想像もつきません。

彼の小説は原稿規定が守られていなかったために、内容の審査の前に弾かれていました。

 

それに彼がパクられたと主張した場面はアニメの主要な部分ではなく、スーパーで肉を買う何気ない場面などです。

よほど面白い設定であれば規定外の原稿でも読まれたかも知れませんが、青葉の小説はありきたりな学園ものです。

そういった娯楽作品を書くための共感性・発想力といったものは、彼の人格要素からは感じ取れません。

 

盗まれたという思い込みは精神疾患の症状で、似たようなもので認知症の老人が財布の中の金を盗まれたと思う『物盗られ妄想』があります。

ただ老人と41歳の青葉との違いは、怒りをあらわす行動力です。

 

青葉は犯行の準備を一人で行い、泊りがけでアニメ制作会社に行きました。

犯行の動機となったパクリについて、事件後に少数ながら青葉に同調する者がいました。

世の中には一定数、自分のことを虐げられた存在だと思っていて、普通の人が働く会社などに敵意を抱く者がいます。

 

彼らの行動原理は恨みであり、報われない人生の原因を他人に求めて攻撃します。

 

放火

青葉はガソリンの容器を買い、スタンドに向かいます。

スタンドでガソリンを容器で買おうとすると用途を聞かれますが、青葉は『発電機に使う』と言ってガソリンを手に入れています。

言葉というのは最も偽りやすいものです。

 

人を見抜く方法では言葉を信用していませんが、面接の問答などで確認する場合には、質問の深掘りをします。

深掘りとは質問に対する相手の答えから、更に質問を作る方法です。

青葉のケースなら、「発電機に使う」→『なんで?』→「イベントを行う」→『どんなイベント』→「地域の祭り」→『主催者は?日時や場所は?etc.』など、青葉の返答から質問を作るのを繰り返します。

 

大抵のウソは設定が浅いので、深堀りして質問をすると破綻します。

青葉はアニメ制作会社の近くでガソリンをバケツに移し替え、建物内に入ってガソリンを撒いて火をつけました。

 

この火が青葉にも引火したため建物から逃げ出しましたが、火傷がひどく路上に倒れていたところを逮捕されました。

これは青葉の論理性が低いゆえに、自分の被害を予測できなかった事をあらわしています。

 

本人さえ想定できなかったことなので会社側はもっと想定しておらず、無防備なまま被害に遭ってしまいました。

誰もが愛するアニメ作品を作る会社が、襲撃されるほど恨まれるなど普通は考えないものです。

 

しかしその『誰もが』の中に入れない、青葉のような人間はいます。

 

逮捕後

重度の火傷で瀕死だった青葉は、医師の治療によって一命をとりとめます。

 

そして自分を助けてくれた医師・看護師の優しさに感謝をして

「人からこんなに優しくされたことなかった」

と言っています。

 

虐げられた人間が生まれ変わる感動の瞬間と思いたいところですが、幼少期から30歳半ばまで時間をかけて作られた人格が、この一回で変わる事はありません。

青葉のような人格だと感謝をしていても、いつ恨みに変わるかわかりません。

 

孤独な彼の生活に光をもたらしたのは小説とアニメですが、その制作会社をこの世で最も憎んで犯行に及んでいます。

犯人に対して厳しい目で見てしまいがちですが、我々は自分のNP(優しい母性)的な視点も育てなければなりません。

 

そういう目で見ると彼は生まれた段階で難易度が高い人生が決まっていて、成人後の生活保護では救われなかった事が伺えます。

恐らくもっと幼少の頃から対策をしなければ、青葉のような人間はこれからも出てくるでしょう。