歌舞伎町周辺の路上。
ゴミを捨てているはずなのに、罪悪感を紛らわすためか一段高い所に陳列のように置く。
モラルのない歌舞伎町で、わずかに残る罪悪感との葛藤の描写。
人間の二面性をあらわしている。
闇金ウシジマくんではクズのような人間達でも、単純な人格には描かない。
しかしこのコマ、果たして必要だろうか?
闇金ウシジマくんには、こんな繊細なカットが所々にある。
闇金ウシジマくんの細かい心理描写
ホストくん編より(21~22巻)
歌舞伎町の描写では、いつもどこかしらに建築現場の仮囲いがある。
常にどこかで建て替えが行われているが、街に集う職業不詳な人たちは変わらないので、よどんだ気は変わらない。
そういう怪しげで不定形の街には、不安定な若者が吸い寄せられる。
後にカウカウファイナンスの社員になる高田は、ホストをしていた。
ホストはまず、寮というか狭いマンションに共同で住まわされる。
集団生活では、モラルはその集団内の最低レベルの者の位置まで落ちていく。
トイレには使い切ったトイレットペーパーの芯が溜まっている。
この描写に説明はない。
しかし、トイレットペーパーの芯などすぐに捨てればいいものが、相当量溜まっている。
意志が弱い人間は、何でも先延ばしにする。
ホストの中には、何かを成し遂げようとやってきたのではなく、惰性によって落ちてきたものもいる。
ダメ人間の感性と同化してしまったら、最低の場所に住み慣れて上に行けなくなってしまう。
高田が風呂場でシャワーを浴びる。
排水口には髪の毛が絡みつき、水がせき止められるのでわきに避けているが、片づけられていない。
「ここにいたら いつか どんづまる。
ダメな状況で慣れ合って
自分にも他人にも甘えだす。」
「醜く肥大した髪の毛玉が
ここの全てを物語る。
この不気味な姿に慣れ始めた
自分がキモイ。」
集団で生活していると常に他人のノイズがあるので、思考を自分に向けて考えられない。
大音量のクラブにいるのと同じように、頭を空っぽにできる。
しかし、ふと一人になった時に自分の感覚を取り戻すと、絡みついた髪の毛に自分の現状が重なる。
普通の漫画なら、ベランダに出て独白など簡単に済ませてしまう。
しかし、闇金ウシジマくんは風呂場の髪の毛を人の心理描写に使う。
風呂場の他人の髪の毛は、読んでいても生理的に嫌な気持ちになる。
その気持ちは、自己嫌悪する高田の気持ちに重なって、同じ気分にさせられてしまう。
漫画の中の感情が、そこから溢れ出てきて読み手を浸食する。
バーチャルリアリティでも不可能なことを、漫画で実現している。
食券をポチポチ押す描写がたまらない▼
スーパーが潰れただけの描写
ウシジマくん編より(39~46巻)
ウシジマくんが通っていたスーパーが潰れた。
閉店した店舗は、急に精気がなくなるというか、老け込む。
無機質なはずの建物が、老け込んだ表情を見せる。
ウシジマくんが食材を買いに行くだけのシーンで、スーパーが潰れた事は前後のストーリーに直接関係はない。
スーパーが潰れていたので、コンビニに買いに行くが、そこで何かが起こるわけではない。
淡々と食材を買って帰るだけだ。
その帰りに、スーパー以外の潰れた店の前を通るが
「ここになンの店あったっけ?」
毎日のように通っている道にあったものが無くなっても、何があったのか思い出せない。
そこにあって営業もして、人が寄り集まっていたのに、閉店すると記憶さえスッポリと抜け落ちる。
非常にはかなくて、死んだらおしまいの感覚に似ている。
明確な説明がないゆえに、読み手に自由な感情を湧き上がらせてくれる。
何でも一方的に説明を並べるのではなく、読み手の感情を揺さぶって漫画に引き込んでいく。
怖い人の登場シーンの細かい描写
ヤミ金くん編より(18~20巻)
ホームレスの男が、泊まれる家があると声を掛けられ、連れてこられたのが人里離れた場所。
このシチュエーションは、かなり心細い状態だが、漫画の読み手は安全圏から覗いていられる。
その駐車場で、更に悪そうな男が登場して
『パキッ』
と乾いた枝を踏んで音をさせる。
いらないシーンのようで、この音によって読み手は傍観者でいられなくなる。
自分が踏んだ枝でなくても、『パキッ』という音は空気が変わったり、見つかったという気にさせられる。
CMで視聴者の注意を引こうと、携帯電話の着信音を流す手法は、自分の携帯の着信でないとわかると不快な気持ちになる。
しかし闇金ウシジマくんの演出では、不快と感じる余裕はない。
人気の無い場所で、怖い連中に囲まれてしまったホームレスの男の心細さに読み手が繋がれてしまう。
単なる傍観ではなく、バーチャルのように追体験をさせられてしまう。
ウシジマくんを読むのに体力がいるのは、漫画に没入させられる仕掛けが随所にあるからだ。
読み終えた時に解放されるので、自分の現実に戻ってこれたという安堵感に包まれる。