ヤクザくん編(33~36巻)他
一般人は社会と折り合いをつけて暮らしている。
だがヤクザは一切折れることなく、”ややこしい人”として生きている。
なぜ、ヤクザは些細な事でも折れようとしないのか?
ヤクザが絶対に折れない理由
日付が変わった深夜に、新宿で飲んでいるウシジマくんに滑皮から電話がきた。
「今からこっち来いよ。」
「何処っすか?」
「千葉の漁港。」
時間も場所の指定もムチャクチャだ。
「無理っす。」
ウシジマくんはいつも、滑皮のペースに飲まれないよう抵抗をする。
「早く来いよ。朝飯でも食おうぜ。なっ!」
「無理っす。」
ここら辺で、そろそろ滑皮のトーンが変わる。
「無理かどうかはこっちが決めんだ。
早く来い!丑嶋!」
深夜にいきなり電話で千葉の漁港に呼び出すのは、無茶振りだからこそ意味を持つ。
ワガママの度合いが強いほど、のませた時に相手への支配が強まる。
車を飛ばして、早朝に滑皮のもとに着くウシジマくん。
「よお、遠いトコご苦労さん、丑嶋ぁ!
まぁ、朝飯でも食えや。コンビニで買ってきたやつだけどな。」
ヤクザの序盤はいつも労いから入るが、やさしい訳ではない。
わざわざ千葉の漁港まで呼んでおいて、どこでも買えるコンビニ飯を勧める滑皮に対して
「なんか用っすか?滑皮さん。」
素っ気ないウシジマくん。
これもウシジマくんの抵抗の仕方で、わざと滑皮と会話が噛み合わないようにして、ペースに飲み込まれないようにしている。
もし滑皮が怒ると、コンビニ飯を勧めたのにウシジマくんが手を付けてくれなかったので怒る滑皮という、ちっちゃな人物の構図になってしまう。
だから、滑皮に代わって怒る役の子分がついている。
「お、食わねーのかよ、丑嶋。
昔は大喜びで食ってたはずだぜ。
金貸しが儲かり過ぎてコンビニ飯なんぞ食えねぇってか?」
次にウシジマくんが拒否したら、吠える事を決めている子分。
「いただきます、滑皮さん。」
抵抗をしていたウシジマくんだが、子分が暴れる前に言うとおりにする。
たかがコンビニ飯から、ヤクザが相手を屈服させる事は始まっている。
滑皮の本当の要求は
「丑嶋ァ!!! チャカ預かってくれるよな?」
完全に違法な行為なので問答が続くが、断ったらもっと面倒な条件を出すヤクザの交渉術で、結局は銃を預かる事になるウシジマくん。
「今度は、最初から素直になれよ。丑嶋ァ!!」
これは始まりに過ぎず、法の一線を超えさせたら次の依頼はもっと踏み込んだものにエスカレートする。
頼みごとを聞いた相手は、それが弱みになって更にヤクザに取り込まれていく。
こうしてヤクザは手駒を増やしていく。
最初はただのコンビニ飯だったのに・・・
だからヤクザが勧める食事は、毒まんじゅうだと思って手をつけてはいけない。
俺の酒が飲めないのか?と強要する人
ヤンキーくん編より(2~3巻)
ウシジマくんを呼び出すヤクザの熊倉。
「おう! 丑嶋社長! こっちこっち。
急に呼び出して悪かったなァ。」
最初に労うのは、いつも通りのヤクザの茶番劇。
ヤクザの呼び出しは、基本相手の都合を考えない。
ペースを乱して、主導権を握るためだ。
ビールを勧める熊倉。
「飲むか?」
「いえ……車なので……」
ここでも予防線を張って、断るウシジマくん。
すると熊倉の御付の若い衆が、ウシジマくんを凝視して圧をかける。
飲むか? と聞いたクセに、ウシジマくんに断る選択肢は与えていない。
単にビールを勧めているのではなく、常に自分の言う事を聞くよう調教をしているのだ。
ウシジマくんもそれを知っているので、熊倉の言う通りにはならない。
「じゃあ、車置いてけよ! ほら!」
「いえ……
本当、すみません」
すると、それまでの表情から一変し、絶対に言う事を聞かせるためスゴみを増す熊倉。
若い衆もそれを感じて、キレる準備をする。
この場で自分の意志で感情を出したり、選択肢を選んでいいのは熊倉だけだという構図にしたい。
場の空気からこれ以上の拒否はできないと観念し、ウシジマくんの手が拒絶からコップを持つ手に変化したのを見て、熊倉は満足して勧めるのをやめる。
相手が屈服したら、実際に飲ませる必要はない。
「まあ いいや。
また頼みがあんだけど。」
そこで今日の本題にはいる。
ビールを飲まなくていい事にしてやった代わりに、本題の頼みごとをのめというものだ。
こんな風にヤクザは勝手に貸しを作って、それをすぐに取り立てる。
どこかのおもちゃ工場から脅し取った大量のおもちゃを、300万円で売りつけようとする熊倉。
くたっとした可愛げのないウサギ。
ウシジマくんは拒むが、ビールの押し問答と同じく熊倉に押し切られてしまう。
人間の負の感情に詳しいヤクザは、些細な事からはじめて最終的には意のままにコントロールする。
ヤクザの扱いに慣れたブローカー
グレーな投資ブローカーの黒河内が、滑皮に出資話を持ち掛けてきた。
ホテルの一室には、ルームサービスのコーヒーやカレーが置かれている。
滑皮に言われるまで手を付けない黒河内。
「コーヒー冷めるぜ 黒河内さん。」
「あ、はい。いただきます。」
お預けをされる犬のように、言われてから口をつける黒河内。
「あ、」
の部分に、特に飲みたいわけではなかった事が伺える。
砂糖もミルクも使わず、言われたら反射的に飲む。
投資話の合間に、カレーも勧められる。
「黒河内さん、冷める前にカレー食いなよ。
腹減ってねェーか?」
「あ、いえ。 いただきます。」
ホテルに来る前に腹ごしらえしていたとしても、無条件に食べる。
この場で滑皮以外に、我意を出してはいけない。
黒河内は、これが滑皮の審査である事を心得ている。
それでも最後に顔を近づけて念押しされると、脂汗が出てしまう。
ヤクザのワガママは生業
ウシジマくんの車で、禁煙だと言われてもタバコを消さないヤクザの它貫(たぬき)。
ヤクザは相手の言う事を絶対に聞かない。
普段から自分の事を”ややこしい奴”だと思わせておくのが、ヤクザの人付き合いの基本だ。
相手を振り回して疲弊させ、精神的に抵抗する気力を奪っておく。
いざワガママを言った時に、相手はややこしい事になる前に言う事を聞くようになる。
ヤクザに憧れる街のチンピラは、上辺だけワガママを真似て牛丼屋やコンビニでゴネて無銭飲食を勝ち取っただけで満足する。
だが本職のヤクザのワガママは、ずっと続く支配関係の始まりに過ぎない。
ヤクザの手法⇒『人を見抜く方法』第九章 裏社会の人間学
ヤクザと境界性人格障害
境界性人格障害の者は、人に見捨てられる事を極度に恐れるので、常に見捨てられないかの確認をする。
その確認方法は、自分がどんなに理不尽な事を要求しても相手が見捨てないかを試す。
真夜中に電話をして長時間拘束したり、呼び出したりする。
よく「手首を切る!」と脅して呼び出すのも試し行為の一つだ。
要求をどんどんエスカレートさせていき、最終的には相手が壊れるまで試す行動をやめない。
見捨てられるのが怖いクセに、相手が見捨てるまで確認行動を止められないので、人間関係は必ず破綻する。
そういう経験が豊富なので、人が自分を見捨てる前兆に敏感で、負の感情に激しく反応する。
いざ、見捨てられる素振りがあると半狂乱の状態になり、凶暴な赤ん坊のような振る舞いになる。
これはヤクザの性質に非常に似ている。
恐らく数百年前にヤクザの生業を造った者の中に、社会と折り合いがつけられなかった渡世人がいたのだろう。
境界性人格障害は、成長過程の環境により発症する。
ヤクザになる者の多くは、家庭環境が複雑だ。
現在のヤクザにも、社会に溶け込めない人格障害が多くいるであろうことは想像に難くない。