中年会社員くん編より(29巻)
真面目に生きてきたが、いつも貧乏くじを引かされる中年会社員。
ヒゲが濃い体質なのだろうが、無精ひげと思われて損をする。
ちょっとずつ色々な所で積み重なった損は、中年になった時に災いをもたらす。
真面目なだけでは生き残れない
人間の表情をつくる表情筋は長い年月を経てクセがつくので、中年になる頃にはその人物の半生が映し出されたものになる。
陰鬱(いんうつ)な顔つきの曾我部は、日陰の人生を歩んできたことがわかる。
いい大学を出てそれなりの企業に入社し、同僚と一緒に汗を流して成果を上げていた。
若い頃は誰しも気力・体力に余力があり、助け合って仕事をすることができる。
だが中年になると余力は失われ、いつしか社内の居場所を巡ってイス取りゲームのようになる。
能力の伸びしろが限られてる中年会社員の中には、他者を蹴落とす狡猾さで生き残ろうとする者も出てくる。
同期で上司に取り入るのが上手い加茂は、自分がリストラ枠に入らないようにするため、曾我部の評価を落として追い出し部屋に追いやった。
曾我部がもう少し器用に立ち回ったり、部長に気に入られる人懐こさがあれば追い出し部屋は回避できたかもしれない。
真面目で実直というのは美徳のようで、堅苦しくて案外と人から煙たがられる場面が多い。
貧乏くじというのは、「こいつなら損を押し付けても良心が痛まない」という人に回される。
追い出し部屋の陰湿さ
通称追い出し部屋だが、まさか会社で大っぴらにそんなものは設置できない。
だからキャリア開拓部というそれらしい部署名がついているのだが、社内では皆がどんな部署か知っている。
他の社員からの不要なゴミだという視線も、追い出し部屋の罰に含まれる。
そこでやらされる業務は自分の転職先を、一日中ネットで検索させられるという嫌がらせだ。
そんな作業でも一流メーカーだけあって、年収は1千万円だ。
減給にもそれなりの理由が必要だから簡単にはできないし、解雇も一方的にはできない。
だからキャリア開拓部の室長は曾我部が音を上げて、自己都合退職するよう毎日叱責をする。
解雇しにくい日本企業は退学制度のない公立中学のようなもので、陰湿なイジメが生まれやすい。
組織的なイジメは悪意からの逃げ場がないから、並み大抵の精神では耐えられない。
毎日毎日、自分の人生が無意味だと思わされる日々が続く。
それでも真面目で我慢強い曾我部は耐えている。
会社に居場所がない曾我部は、雨が降る公園でビニール傘を被りながら弁当を食べる。
食べ終わってもまだ昼休みの時間で、針のムシロの会社には戻れない。
だから曾我部は子供の遊具の並ぶ公園で、雲梯(うんてい)にしがみついている。
「むんばっ!!」という異様な掛け声は、追い出しに耐えて会社にしがみつくという決意の声に聞こえる。
責任感から退職できない
自宅の子供部屋で一人、壊れかけている曾我部。
ここまでして曾我部が会社にしがみつくのは、家庭を持っているからである。
こういう真面目な人は責任感も強いので、自分が壊れても家族を養う責任を果たそうとする。
奥さんも堅苦しいまで真面目で、夫の曾我部に敬語を使うような人だ。
嫁選びでも真面目な曾我部の性格が出ている。
部屋にはベビーベッドなどがあるが、二人のあいだに子供はいない。
何年も前に死産を経験して以来、子宝には恵まれていない。
恐らくそのことがキッカケで会社でも陰鬱さが増し、煙たがられて追い出し部屋へ送られる遠因になったのだろう。
不幸というのは一つの不幸を防げなかったことが、次の不幸につながっていたりする。
真面目な人は救われるのか?
そんな曾我部に救いの手が差しだされる。
年下の元同僚の服部が、早期退職して起業した会社に曾我部を誘った。
会社で不用と言い続けられている曾我部にとって、誰かに必要とされることは生命の息吹を与えられるに等しい。
曾我部は家を売ってローンを清算し、服部の会社に移る事にした。
気分も晴れやかに、自分を陥れた加茂に退職を伝える曾我部。
だが真面目にやっていれば救われるというおとぎ話は、リアルなウシジマくんの世界では通用しない。
服部の会社は小さなレンタルオフィスに開いた会社に過ぎない。
服部はゆとりのない脱サラ起業者らしく、ワンマン経営で会社はブラック企業。
追い詰められた時の人間の選択というのは、その心境が続くような間違ったものを選びやすい。
不遇な環境が長いと不幸が自然なことになってしまい、無意識の内に損をする選択をしてしまうからだ。
今度は自分で貧乏くじをひいた曾我部が救われる日は、まだ先になりそうだ。