フリーターくん編より(7~9巻)
夫婦が離婚するのは、性格のすれ違いなんかではない。
そもそも最初から向き合ってなどいないのだ。
人間の心は自由を求めている。
だが遺伝子は乗り継いでいく箱として、子供を必要としている。
冷徹な遺伝子は人の心を惑わせ、年頃の男女を引き合わせて、互いに愛情を抱いているよう錯覚させる。
そして男と女は一時の気の迷いで結婚をしてしまう。
子供が産まれてシラフになった夫婦は気がつく。
三十代で二児の親、橋本夫妻
遺伝子は親から子供に乗り換えると、夫婦を男女の関係ではなく、単なる子供の世話係にしてしまう。
夫婦は子供が生存競争に有利な大人に成長するよう、働きアリのように役割分担をして子育てをする。
父親は教育資本を稼ぎ、母親は子供の生命に注意を払う。
嫁が専業主婦の橋本夫妻は、まさにこの形だ。
東京に住めない人がやせ我慢をして暮らす神奈川県。
そこにあるショッピングモールのフードコートで、橋本は小学校時代の同級生の宇津井に会った。
橋本が30代なのにキャップとパーカー姿なのは、ファッション感覚が嫁と結婚した20代の頃で止まっているからだ。
もうメスに(妻)にありついているから、服をめかしこむ必要がないのだ。
これは橋本が、他の女に種をつけるタイプではない事をあらわしている。
複数の女に種をまくタイプの男
橋本とは違って複数の女に種を蒔くタイプの
チンピラの男に、関係のある女から電話がかかってきた。
「え!! 妊娠した?
マジかー、おめでと。
おーおー産んじゃえよ。」
と軽い感じで、その場で名前を決めだす。
これはハムスターの話ではなく、底辺界の子供の話である。
男なら『波動拳』と書いてつよしで
女なら『蜂蜜』と書いてハニーと読ませ、ヤリマンにならないよう育てろと言う。
底辺界では、小学生がプレイするドラクエより適当に名前がつけられている。
「え?結婚はしねェーよ!
お前、ヤリマンだから結婚は嫌だし。
一人で勝手に育てたら?
そんじゃ。」
男はヤリマンとの交配は好むが、婚姻は好まない。
種をばら撒くタイプの男の子どもは、充分な援助を受けられないから野良犬のような道を進む事になる。
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嫁は不機嫌になるもの
橋本は着飾って新たなメスを手に入れるのではなく、産まれた子供に資本を集中して質を上げるタイプだ。
これは橋本自身が、母親に中学から私立に入れられた影響もある。
母親の方が子供に対して熱心なのは、人間に限った話ではない。
構造的にオスは精子を出すだけなので、子供を100人でも残す事ができる。
それに対しメスは作れる子供の数が少ないから、産まれた子供を大事にする。
男は本当はサル山のボスみたいに、育児そっちのけで多くのメスに種つけしたい。
橋本は自分の中のオスを抑えて、こうして休日のフードコートに家族を連れてきている。
ここで無職・ときどき日雇いの宇津井に会う。
我慢をして生きている橋本のような人が、自由なナマケモノにヒドイ目に合わされるのが世の常だ。
嫁の旧姓水野結花も宇津井の同級生で、互いに存在は知っている。
会話をしてすぐに、空気が読めない発言をする宇津井。
「奥さんの水野もスゲー変わったねー。
ビックリしたよ。」
奥さんはひきつりながらも、
「子供産むとね~~~~
体型変わっちゃうからね~~」
「つーか、変わり過ぎ。(ニコッ)」
宇津井は失言の上に、平気で失言を重ねる。
お菓子のウエハースのように軽い気持ちで雑言を重ねていく。
悪気はないが、気遣いもない。
イラッとする嫁。
「うっ……
宇津井、今、何してるの?」
橋本は話題を変えるが、奥さんの中では、
(こんな友達がいる、夫が悪い)
と、橋本の失点になっている。
嫁というのは、箸が転がっても橋本(夫)が憎い。
劣化する男女
小学校の頃は宇津井の初恋の相手だったのに、水野結花はどうしてこうなったのか?
髪は切れないキッチンバサミで、引きちぎるように切っているのだろうか?
結花はもう子供が二人いるから、色香を振りまいてオスを引き寄せる必要はない。
それは夫の橋本も同じだ。
この夫婦の遺伝子は次代の子供を主役とし、親はただの子供の養分になっている。
夫婦というのは、出会った時が二人の絶頂期だったりする。もっと詳しく:第五章 男女の人間学
(愛し合って結婚したのに、憎み合って離婚する理由)
子供が出来る前に気がつく夫婦
ここで結婚直前の、別の夫婦をみてみよう。
勢いで結婚すると、一緒に住んでから相手の人格がわかって、
掛け合わせてもロクな子供が産まれない
という事を悟って、険悪な関係になる。
早ければ結婚式で友人たちのグダグダの宴会芸を眺めている内に、ダメな相手かも知れないと思いはじめる。
とりあえずプロポーズイベントをクリアすると自信がついて
『もっと条件が良い相手と結婚できるのではないか?』
となって、目の前の相手が色あせてマリッジブルーにもなる。
ポーカーのようにシャッフルして、もっと良いカードがくるのを狙いたくなる。
冷徹な遺伝子は常に自分が有利な乗り換えができるよう、人間というコマをもてあそぶ。
絞られる夫
日雇い派遣の宇津井が帰った後、嫁はすぐに自分の子供の将来を案ずる。
「うちの子があんなふうにならないように、
私立の小学校通わせないとね。
子供時代につき合う人間って重要よ。」
先ほどの失点、橋本が宇津井の同級生だった不満も混ぜている。
結花も宇津井の同級生だが、都合の悪い部分は加味しないのが嫁の裁判だ。
「でも小学校から私立だと、家計が成り立たんだろ?
家のローンで いっぱい いっぱい なんだぜ?」
橋本の収入は、宇津井に言った
「得意でもねー仕事やってっけど」
の言葉からすると、収入的には多くないだろう。
一馬力で子供二人と家まで買ってスペック的に限界だから、エンジンはすでに悲鳴を上げている。
だが遺伝子の中心は既に子供だから、橋本は菜種油のように搾り取られるだけの存在だ。
それを遺伝子は嫁の口を借りて言わせる。
「じゃあ、あんた、
土、日バイトでもしてよ!」
「カンベンしてくれよ! お前が働けよ!」
「何言ってるの?
子育てあるのに!
私の実家から仕送りまでさせといて
ずーずーしいわよ!」
休日に家族サービスで連れてきたフードコートで、誰がこんな会話をしたいだろうか?
だが嫁からすれば、フードコートにしか連れてこれない橋本の財力に不満を抱いている。
先進国では教育資本を集中した方が、子供は社会で有利になる。
その結果、子供は条件の良い相手と遺伝子の掛け合わせができるようになる。
先進国は量より質の勝負で、高いレベルの教育や医療を施すほど、勝ち残る確率が上がる。
子供に全力を注ぐ嫁からすれば、十分な財力のない夫は、働きアリとして失格だ。
呼吸をしているだけで腹立たしい。
「食器のプレート、片づけといて……」
フードコートから立ち去る嫁。
子供たちはしっかりと母親の側についている。
残された橋本の、この顔。
どこ見てるの?
他にあったかもしれない、幸せな人生の光景を見ているのかもしれない。
子供が成人する頃には、他のお父さんと同様に、搾りカスのようになっているだろう。
若さの名残りのキャップが、ひときわ哀愁を誘う。