フーゾクくん編より(4~6巻)
実際の事件で、婚活やスナックを舞台に太った女が男たちを次々に殺害して、資産を盗む事件が度々ある。
彼女らはいかにして容姿の劣勢を覆して、男たちを手玉にとるのか?
新宿の過酷な環境でクマネズミがスーパーラットになるように、
歌舞伎町はたくましいスーパー風俗嬢を生み出す。
太っていてもNo.1
瑞樹は太っていて器量もよくないのだが、色気がある。
ヘルスの待機所がある雑居ビルですれ違った、闇金のウシジマくんにさえネットリと流し目を使う。
どこでも男の客を確保しようという、ぬかりのない女だ。
太目の体型をごまかす服や、自分がよく見える角度も知り尽くしている。
普通は風俗生活にスレてしまうものだが、瑞樹は同僚のヘルス嬢にも優しく接する。
その様子を見て、ウシジマくんは瑞樹がNo1だと見抜く。
『あの女がNo.1か!?』
店長さえ瑞樹がNo.1なのを不思議に思っているが、人を値踏みして闇金をやっているウシジマくんにはわかる。
美人の風俗嬢は、たしかに売れる瞬発力がある。
だがそこに落とし穴があると、ウシジマくんは語る。
『簡単に売れた風俗嬢は、勝手に客が寄ってくるから、
努力や工夫を怠る。』
そして慢心から接客態度は悪くなる。
風俗に来る客は、これ以上は女に見下されたくないと思っている男が多いから、風俗嬢に素っ気ない態度を取られると大いに傷つく。
元々、風俗にいる美人は
どこかトゲがあって、女の丸みがない。
客がいない所で不貞腐れた顔をしていると、同じ表情筋ばかり発達して不機嫌な顔が張り付いたままになってしまう。
そうやって風俗嬢特有の、嫌な顔ができあがる。
肥満の瑞樹は表情筋が脂肪で覆われていて、本当の顔がよく分からない。
肥満をいい風に解釈すると、瑞樹の顔は菩薩様に見えて男に安らぎをもたらす。
それに瑞樹は男の傷つきやすさをわかっていて、理想的なお母さんを演じる事もできる。
『キャハ。 瑞樹ちゃん♡ 瑞樹ちゃん♡
楽しかったよォ――
またね―― またね――』
「うん うん。」
幼児のように言葉を二回繰り返す幼稚な男に合わせ、瑞樹も二回返事をする。
周到な女はこういう細かいところを怠らないから、ウソの感情がバレにくい。
瑞樹の客たちは柔らかいボディに包まれている内に、瑞樹に魅了されていく。
瑞樹がNo.1の理由
できる瑞樹は全方位に神経を回せるから、風俗の後輩のモコとすれ違って、さりげない挨拶でも好印象を残す。
『瑞樹さんいつも余裕ある。
モコも早くあーなりたい…‥』
後輩にも気を使うのにはワケがある。
風俗嬢はランキングで煽られていて、そのストレスの矛先は上位叩きに向かう。
全員を敵に回すと居心地が悪いので、スレてない新人を手なずけておきたい。
すでに何年も風俗をやって、性根の悪さが顔にはりついている風俗嬢たちが、今月も瑞樹が1位であることを愚痴る。
『あのブタ マジかよ!?』
特に太っていてブスな瑞樹がNo.1なのは気に食わない。
ちなみにブタと呼ばれている瑞樹だが、痩せても大して美人ではないだろう。
瑞樹はその容姿の劣性を、歌舞伎の女形のように色気の演出で補っているのだ。
もっとも歌舞伎の女形より品の無い、欲情に直結した歌舞伎町の勃起形とでもいうものだが。
できる風俗嬢は各々、男をその気にさせる勃起形をあみだしている。
そういった芸を持たない風俗嬢は、瑞樹の人気を邪推する。
『瑞樹(あいつ)本番してンでしょ!?』
ヘルスは素股という疑似セックスまでだが、風俗嬢たちは瑞樹が挿入までの本番セックスを提供していると疑う。
また別の風俗嬢は本番の経験があるのか、それくらいではNo.1になれないと言う。
そのかわりに瑞樹がヘルスの従業員と付き合っていて、優先的に客を回してもらっていることを疑っている。
だがNo1の理由を知っている杏奈が、それも否定する。
『私 知ってるよ。
なんで瑞樹がNo.1になれるか。』
他の風俗嬢たちが目の色を変えて事情を聞くと、杏奈が教える。
『あいつ色恋営業かけて、客を”教育”してンだよ!』
色恋営業とは客に恋愛感情があるように装い、特別な関係だと勘違いさせることだ。
『フツーじゃん! そんなの!』
偽りの恋愛感情は風俗嬢の接客の一部で、何も意外性がない。
だが瑞樹が力を入れて色恋営業をかけているのが、普通の風俗嬢が気持ち悪くて速攻NGにするキモ客たちなのだ。
瑞樹がNo.1である理由をあげるとしたら、他の風俗嬢たちとの覚悟の違いだ。
ダニみたいな客
骨の外れたビニール傘をさし、食べ物でよごれた服を着た瑞樹の客。
この男は雨の日に通し(一日中)で予約を入れるから、雨男(あめお)と呼ばれている太客。
風俗の客足が落ちる雨の日に、瑞樹の予約をいっぱいにするのが誠意だと思っている。
風俗にどっぷりとハマるのは、バランスの悪い男が多い。
思考のバランスが悪くてできる事は少ないが、興味を持ったものには目の色を変えてのめり込む。
そのバランスの悪さは、顔と体型にもあらわれている。
『にゃは♡ にゃは♡
瑞樹ちゃん 元気!? 元気!?』
顔だけならまだしも、手つきまでイエダニみたいで気持ち悪い。
少しの間で対応を考え、ミラーリング(鏡のように真似る)の効果で親近感を演出する瑞樹。
自分の心は殺している。
ホテルに入ると、雨男が土産の生ドラを差し出す。
風俗の客は思いやりがないから、女ならいつでもスイーツを食べたいものだと思い込んでいる。
しかし瑞樹はしっかりと食べて食レポ上級者のように、カジった断面と自分の顔が画角に収まるように見せる。
「うま――い♡」
”美味しい”では他人行儀すぎるし、”うまい”では粗野だ。
つい出てしまう感じの”うま――い♡”がベストなチョイスだ。
雨男は喜ぶが、笑顔まで気持ち悪い。
ニヒッ
瑞樹の客のキモさを知らない他の風俗嬢たちは、キモ客の相手くらいで売上が伸びるはずがないと、まだ納得していない。
『風俗に来てる客なんて みんなキモイじゃん。』
『そーだよ! 客はマジウゼェ!!』
彼女たちが客にイラだつのも無理はない
風俗に来る男たちは自分が客だと思っているが、実際は女に相手にされずに風俗嬢に射精の介助をしてもらっている立場だ。
それなのにいつも、風俗嬢に失礼なことを言う。
介助を受ける間は大人しくして、射精したら
『ありがとうございました』
と、感謝した方がいい。 顔射ではなく。
それなのに文句を言うおじさんたち。
客は風俗嬢に迷惑と精液をかけている事を自覚し、もっと謙虚になるべきだ。
話を瑞樹のキモ客に戻す。
瑞樹に辿りつく前のキモ客の相手をした事がある杏奈は、容姿だけではない怖さを訴える。
キモ客は金持ちに見えない身なりなのに、どこからか大金を持ってきて差し出すのだと言う。
『本番… これで本番…』
いくら金が欲しいといっても、風俗嬢たちは貧乏人の大金には怨念が込められているのを知っている。
うかつに受け取ってしまったら、どんな危険な目にあうかわからない。
特に客とホテルで二人きりになる出張型ヘルス嬢は、ラブホで殺害されてスーツケースやダンボールに捨てられる事件も起こっている。
スーツケースにギチギチに詰め込まれるヘルス嬢は、ハワイ土産のマカダミアチョコではない。
いろいろと奪われ続けた人生で、最後は命まで奪われてしまった可哀そうな女だ。
そんな風俗嬢たちが客をキモいと言うのは、悪口ではない。
毒ヘビを気持ち悪いと感じるように、人間は本能的に危険を感じる相手に嫌悪感を持つようになっている。
もし客の精子で受精してしまったらどうなるか?
ブサイクであまり働かず、風俗通いしか能がない子がデキるだろう。
そんな精子を出す男に風俗嬢は本能で危険を感じ、キモいという感情で遠ざけようとする。
だが普通の風俗嬢たちと瑞樹では、覚悟が違う。
マングースでさえ毒蛇を好んで食べようとはしないが、瑞樹はあえてキモ客を喰って限界まで金を引き出している。
当然、危険は伴うものでキモ客は距離感がおかしいから、子作りにつながる恋人関係になりたがる。
迫る雨男に、期待を持たせつついなす瑞樹。
「前から言ってるでしょ?
借金なくなったら恋人ほしいかなァ……」
肝心な部分を濁らせることで、男が勝手に恋人関係への妄想を膨らませてくれる。
これがブーストとなり、客はますます頑張る。
『わかった! 早く借金なくなるよーに……
僕、もっといっぱい店通うから!!』
いじらしい言葉に、恋人のようにほっぺたにキスをする瑞樹。
「ありがと――!!」
傍から見るとドワーフとゴブリンの絡み合いに見えるが、キモ男にとっては恋だ。
だが何人もの客をパンク(破産)させてきた瑞樹は、冷徹な計算をしている。
(コイツ……”欲”が出てきた。
そろそろパンクする。
切り時だな……)
だが瑞樹はキモ客を即時切らずに、ギリギリまで引っ張るつもりだ。
瑞樹の読み通り雨男は家に帰ると、寝たきりの親の残り少なくなった通帳を見て思いつめている。
ダメな人はいつも自分で問題を作り、勝手に思いつめている。
瑞樹の仕事ぶり
瑞樹は優秀な風俗嬢だが、それは客の男たちのレベルの低さもあっての事だ。
瑞樹の常連で、30代コンビニバイトの佐野。
しまりのない顔と体なのに、生意気に髪を染めて異性に存在をアピールしようとしている。
体を鍛えてテストステロン(男性ホルモン)を増やして、就活してから女にアピールするのが常道なのに、佐野は全く逆さまの事をしている。
結婚できない事を社会のせいにする男たちを見ると、やってる事がアベコベな事が多い。
バイトで嫌な事があると、消化できずに早朝割で瑞樹を指名する佐野。
人生設計はできないくせに、射精のコスパは計算しているのが小賢しい。
佐野は瑞樹に性欲だけでなく暴言もぶつけるが、瑞樹は優しく肩に触れる。
「ムカツイたら、また来てね。
うんとヌイてあげる♡」
瑞樹はまるで太った肉菩薩のように、社会的に無価値な男を包み込む。
そしてちっぽけな尊厳を取り戻して、31歳コンビニバイトの佐野は満足して帰っていく。
『しっかし、あいつ、
絶対、俺に気があるな!』
また別の男で、30代になっても定職に就かずパチスロで生活する村田。
20代の若者に混じって、開店前のパチンコ屋に並んでいる。
村田は若者と交流はなく、若者同士の会話を聞きながら自分がパチスロで失った10年間を想っていた。
何の経験も積んでこなかった村田は、ただ体力が低下した男の劣化版のオッサンでしかない。
昨日と同じ今日を過ごし、プラマイゼロだったら御の字の人生。
パチスロの好不調の波だけが、人生の色になっている。
『やった♡ 爆発しました!!
先月の負けを取り返したのだ♡
うなぎ食お♡ ビールも飲も♡』
先月の負けを取り戻しただけなのに、村田は気が大きくなって散財をしてしまう。
こういう男は散歩の犬が電柱にションベンをひっかける感覚で、風俗嬢に精子をひっかける。
金ができると村田は瑞樹を指名する。
「村田さん、会いたかったよォー♡」
『俺もだよー へへへ♡』
部屋に入ると、村田は人生の不安について瑞樹と話す。
ダメ人間ほど人生論を語りたがるが、失敗人生の彼らの話に聞く価値は1ミリもない。
それでも瑞樹は会話に付き合い、流れで村田の仕事を聞く。
「村田さん、仕事
何してる人?」
底辺の男というのは、何かのキッカケですぐに子供のように大声で喚く。
この性質があるから社会人になれないのだ。
『うるせェ!!
仕事がそんな大事か? あ!!?』
大事である。男の存在意義はそこにしかない。
彼らは会話をしても話の主旨を受け止めようとせず、何か一つの単語に激しく反応するので会話にならない。
こんな頭だからまともな会社に勤められないし、女にも相手にされない。
だが風俗で瑞樹が扱っているのは、主に村田みたいな男たちだ。
こういう男に慌てて謝ると、余計に面倒な反応がかえってくる。
だから瑞樹は、冷静に村田の目を見据えてチューニングを合わせる。
「だよね――
(仕事は)そんな大事じゃないよね――――」
女ほど丸みや美しさがないから、男は仕事しか存在価値がない。
だが瑞樹は村田の暴言に反論しないで包み込み、彼が欲しいであろう同調を返す。
瑞樹の仕事への姿勢や能力は、村田と比べ物にならないほど高い。
『おぐぅっ……』
返す言葉がなく、瑞樹に謝って自分語りを続ける村田。
彼は仕事がイヤで専門学校に通い、卒業後も仕事が嫌でパチンコ屋で自分探しを続けたのだと言う。
瑞樹に聞いてもらっている内に、村田の話はパチスロ台の話に飛ぶ。
『クランキーコンドルの時代が一番よかった…
あの頃が懐かしい。』
「クランキー?」
底辺男はすぐに自分の話に没頭し、相手の疑問などおかまいなしに一人語りを続ける。
彼らはいつも壊れたレコードプレーヤーみたいに喋り続けるだけだから、瑞樹はおいてけぼりだ。
『コンビニで買ったカツサンドとコーヒー牛乳を飲みながら、
パチンコガイド読んで、攻略法を考えてる自分が好きだった……』
「?」
瑞樹はこういう聞く価値のない話からも情報を拾う事で、その人物の人格を読み、手のひらの上で転がす事ができる。
食事に甘いコーヒー牛乳を合わせる村田は、子供の頃の課題をクリアしていない可能性がある。
本人は『パチンコ屋で自分探し』と言っているが、働くのが怖くて子供時代にしがみついているだけだ。
発達(人の成長)心理学を勉強していない瑞樹だが、実地の経験で人格を読んでいる。
村田はパチスロ生活というのは長時間、台と向き合ったりデータ取ったりして大変なんだと瑞樹に訴える。
『ただ遊んでるだけって、親とかに言われっけどよォ…
俺だっていろいろ考えてやってンだよ!!』
村田はいろいろ考えていると言うが、賢くないから最近の炊飯器より乏しい思考力だろう。
バカな人は、自分がバカなことさえわからない。
いろいろと考えているのは瑞樹の方で、この男に最適な対応を選択する。
「よちよち♡ おいで。」
瑞樹はママのように村田を優しく包み込み、乳袋に顔をうずめさせて囁く。
「延長する?」
『うん…』
瑞樹は客の性欲や怒りをからめとって、全てを売上に換えてしまう。
金を数える瑞樹の顔に、菩薩の表情は無い。
瑞樹にとって、食う事とは
No1の瑞樹は、デリヘルの店長にも気を使われる存在だ。
ここで勘違いをしてスタッフに横柄な態度をとる風俗嬢は多い。
だが瑞樹は誰に対しても謙虚な態度で、自分の立場を盤石なものにしている。
店長が車で瑞樹を送る。
『フツー、売り上げのイイ娘はわがまま言うし、
もっとエバってるのに、瑞樹さんはエライなァ…』
店長は瑞樹を持ち上げているようで、『エライ』と上から目線の言葉が出てしまっている。
それに対しても瑞樹は、謙虚に実力以上の評価をもらっていると返す。
がめつさを仕事熱心ゆえと解釈すれば、瑞樹は仕事がデキる上にストレスを誰にもぶつけない人格者という事になる。
だがそんなデキた人物が、果たして風俗の職を選ぶだろうか?
こうった矛盾点に、その人物の本質が隠されている。
もう少し瑞樹を観察してみる。
自宅近くで車を降り、弁当を買う瑞樹。
「ボリュームステーキ弁当と、ボリューム竜田揚げ弁当ください。」
『はい!』
瑞樹は店の男にも、弁当を二つ食べる豚だと思われたくない。
「あ! お箸は2つ。
彼氏と食べるの♡」
あの肥満体だ。無論、一人で食べる。
薄暗い部屋の布団の上に座って、弁当を食べ始める瑞樹。
スリップ(下着)姿の尻は、大仏の台座のようにドッシリとしている。
否、こんなものは尻ではなくケツだ。
帰宅後の食事の時間だけは、押し殺していた本性を解放できる。
「あんなショボイホテヘル……」
「誰のおかげて食えてンじゃい!!!」
まるでムカつく男たちをブツ切りにして弁当の具材にしているかのように、鬼の形相でむさぼり食う瑞樹。
この目は、人間を喰っている女の目だ。
(しょせん、男が上に立ってる社会だ。
女が上に立とうとすると叩かれるから謙虚にしてンだよ!)
瑞樹は風俗嬢がチヤホヤされても、鵜飼(うかい)の鵜にすぎない事を知っている。
男たちは瑞樹からピンハネするか、射精に利用するだけだ。
風俗嬢は隙あらば金を巻き上げられたり、客に素股から挿入をされてしまう。
そんな敵ばかりの世界で生き残るために、瑞樹は必死で知恵をつけてきた。
うんざりする男ばかり
瑞樹が自分を取り戻す大切なひと時さえ、男たちに邪魔される。
入眠のルーティーンに入った瑞樹のケータイが鳴る。
「メール送ってきた。」
(今日、店に来た佐野さんか……
なんだろう?)
31歳でバイトも続かない、佐野からのメールだ。
底辺の男というのは生き方に失敗しているくせに、やたら他人に語りたがる。
彼らは風俗嬢が自分よりも下だと思っていて、上から目線の絡みが多い。
だが実際は男として機能不全なために、風俗嬢に介護されている立場なのだ。
男性機能(勃起)が不全なのではなく、他の全機能が不全なために一般女性に存在すら認められない男たちだ。
彼らが一般社会で許されているエロスは、ペットショップのマルチーズの尻の穴を湿った目つきで眺めることくらいだろう。
そんな佐野が瑞樹に送ってきたメール。
【お前は女でまだ若いから、
世の中の本当の苦労を知らない。】
こんなメールが長々と続く。
それをパックをしながらトイレに座って読む瑞樹。
「イタイですな。
どーゆー立ち位置から語りかけてンだ? コイツは。」
実家暮らしで小遣い程度のバイトをしている佐野には、時給1000円ほどの存在価値しかない。
世の中のクレーマーと同じように社会的地位が低い人間ほど、自分が偉そうにできる相手を探している。
彼らは一般社会で失敗の見本として扱われているうっぷんを、精子と一緒に風俗嬢にぶちまけている。
「佐野みたいな中途半端な客は、
自分がイケてると思い込んでるから、タチ悪い。」
(イイ大人なのに自分のランクを確認できてない。)
街で培われた瑞樹の観察眼は、理屈抜きに確信を突いている。
佐野は自分が偉大だという幻想の世界に逃げ、都合の悪い情報をシャットアウトした結果、低ランクなのに偉そうというギャップが生まれた。
佐野は自分が王様という幻想に浸るために、瑞樹に偉そうなメールを送っているのだ。
メールにはドラマからかき集めたような浅い言葉が続き、
【今を見つめて生きろ、瑞樹!】
など、佐野自身に言い聞かせるべきことが書いてある。
底辺のポエムは、いつも人をうんざりさせる。
それを読んだ瑞樹は、一呼吸おいた後に咆哮する。
「お前はどんだけ稼ぎがあんじゃい!!?」
世の中のクレーマー対応は、大体これでいい。
取るに足らない人間に表現の自由があったとしても、普通の人が聞かなきゃいけない義務はない。
佐野のメールに咆哮した疲れで布団に横になる瑞樹だが、満たされないのかムクッと起きる。
「寝る前にちょっとだけ……
徳用アイス抹茶味食べよ♡」
瑞樹はすり減った心を補うかのように、腹を満たしてバランスをとっている。
アイスの塊を食べてようやくひと心地ついて、眠ったのもつかの間。
再びケータイが鳴る。
「おーい誰だ?
チッ! 客専用ケータイ
マナーモードにし忘れた。」
今度は瑞樹がもうじきパンクすると予測している、太客の雨男からだ。
雨男は自分のデリヘル通いで残りわずかになった親の通帳を見て、思いつめて瑞樹に電話したのだった。
バカな人は思いつめても計算できないから答えが出ず、フリーズしているだけなのだ。
フリーズ時間が長くて頭が限界に達すると、すぐに他人に問題を投げてしまう。
『お店はもう無理だ。今すぐ会いたい。』
今まで瑞樹は、この太客を教育してきた。
店を通さないと自分に会えない事は、初期の段階で教え込んでいたことだ。
それを無視してきたという事は、雨男がだいぶ壊れてしまっていることをあらわしている。
『じゃあ話だけ……
話だけして!』
風俗の客たちは、どれも子供っぽい者が多くて大変だ。
子供だから相手の事を考えられず、真夜中でも平気で電話をしてくる。
しかし明日が早いと言って、一方的に電話を切る瑞樹。
そして瞬時に損得勘定をし、雨男について切る決断する。
(雨男のヤツ、もー少し引っぱれると思ったが、もうダメだな!)
その場でNG客入りのメールを店に送り、雨男を切った。
本当はあと少しだけ雨男から金をひっぱる事は可能だ。
キモ客は金が尽きる最後の最後に、燃え尽きる間際のローソクの火が大きくなるように大金を吐き出す。
(だが、パンクして一線を越えると非常にマズイタイプだ。)
瑞樹は過去の経験により、社会性のない人間から全てを奪ってしまう危険性を知っている。
財産を全て奪ってしまうと男には瑞樹との絆しかすがるものがなくなり、全人生をかけて追いかけてくる。
ストーカーと化した池袋時代の客、沼田を思い出す瑞樹。
沼田の経験があるから、瑞樹はキモ客の財産がゼロになる寸前に切る間合いを身につけた。
瑞樹に学はないが、風俗の仕事をする内に独自の学問を生みだした。
瑞樹は心理学を勉強せずとも生の人間と相対して、論文に相当する行動心理の解を出している。
35歳までしか生きられなさそうな人が多い歌舞伎町では、たまに瑞樹のように覚醒する人間があらわれる。
風俗嬢の精神が病む理由
風俗嬢は汚れると言うが、どんなに汚い男と肌を合わせても新陳代謝によって二週間もすれば汚れた肌は入れ替わる。
だが精神だけは回復せず、客の男の穢れ(けがれ)が積もり続ける
人間の脳のミラーニューロンというのは接した人から影響を受け、その人物に寄せていこうとする性質がある。
長年暮らしている夫婦が考え方や、顔かたちさえも似通ってくるのはこのためだ。
つまり風俗嬢たちは気持ちの悪い客達の存在が自分の中で大きくなっていくから、自分のことが嫌いになってしまうのだ。
どんなにシャワーを浴びても、自分の意識の中に入り込んできた男の存在は消えない。
だから風俗嬢たちはイケメンと接してキモ男の記憶を上書きするために、ホストクラブに鬼通いする。
ホストに通えば金が必要になり、ますます風俗の仕事をしなければならない。
必然的にキモ男との接触が増える。
こうして風俗嬢の精神はキモいとイケメンの両極端に振られて、平衡感覚を失っていく。
瑞樹はホストとは一線を引いていて、彼氏を応援してて金がかかると言う風俗嬢の話に同調しない。
『私、彼氏、応援してて、金がかかるンだよね――』
(彼氏じゃねーだろ! ホストだろ?)
女たちがイケメンを求めるのは、その男が何代も前からの競争社会を勝ち抜いた証しだからだ。
男同士の競争を勝ち残った強い種を持つ男が、美しい女と子供を作れる。
居酒屋で高いシシャモの顔がシャキッとしていて安いシシャモの顔がひしゃげているように、顔は代々の掛け合わせの履歴書になっている。
そういう競争から落ちこぼれた弱い種の男が、風俗にやってくる。
もし何かの間違いでダメな男の種が着床してしまったら、風俗嬢はキモ客みたいな子を宿してしまう。
だから風俗嬢にとってキモ客の精液は、有害物質のように危険なものだ。
それなのに客はなんとか風俗嬢の腹の中に精子を注ごうと、オプションで精飲(口に射精されて飲み込む)をつける。
そういう経験で他の風俗嬢たちと同じように、瑞樹も精神を削られている。
だから腹と心の飢餓を満たすのに、弁当を二つ買っているのだ。
必要以上に食べる事を抑えられず太っているのは、個性というより病いに近いだろう。
この病いにより瑞樹の幸せはさらに遠のく。
女が男の種を品定めするように、男も女のことを子を産むに適しているかの視点で見る。
男が腰のくびれた女を求めるのは外見至上主義ではなくて、動物的な視点からだ。
太っていてくびれがない場合は既に他の男との子供を産んでいたり、基礎疾患を抱えている可能性がある。
例外的に太った女が好まれる地域があるが、それも動物的な解釈で説明できる。
女の尻はオーブンレンジくらいデカい方が良いと言う国を見ると、慢性的に飢餓を経験したような国が多い。
そういう国では脂肪を備蓄して、飢饉でも生き残りやすい女の方が母体に望ましいのである。
風俗の職業の貴賎
風俗という職業の貴賎についても、繁殖を軸に考えれば正しく理解できる。
「職業に貴賎はない」という言葉は士農工商で最低とされる商人が発したもので、風俗とは別の話だ。
あるいは「貴賎はないから風俗の仕事をしてても気にしない」と言う男は、最底辺で人様に貴賎がどうこう言える立場ではなかったりする。
彼らはせいぜい、『風俗嬢と結婚したらタダで気持ちよくしてもらえる』くらいの事しか考えていない。
こういう男は母親の産道からではなく、肛門から産まれてきたであろう排泄物系男子だ。
そんな男子らでも性行為ができてしまうところに、風俗が社会から非難される理由がある。
繁殖のために男は必死で勝ち残ろうとするが、風俗があることによって競争から降りる男が出てしまう。
競争の下位にいる男が命を削るほど頑張らざるをえなければ、もっと社会に有益な人間にさせられたかもしれない。
風俗嬢への風当たりは、生存競争のルールを歪ませる事への非難だ。
同じ理由でキャバ嬢も違和感を持たれる仕事だが、性行為までワンクッションある分だけ風俗嬢より風当たりは強くない。
風俗・水商売で女性ばかりが批判されるのは、繁殖では女性に強い選択権があるからだ。
ホストクラブはメンヘラ女性のクリニックという感じだし、女性向け風俗に至っては皆無だから批判のしようがない。
だから風俗嬢ばかりが悪者にされ、彼女らに困難なことがあっても社会は『自業自得』とつき離す。
「風俗嬢が殺されても、ふつうの殺人より罪軽いってウワサあるし。」
こんな風に、瑞樹は不安を抱えながら仕事をしている。
瑞樹が正気でいられる理由
瑞樹が正気を保っていられる理由は暴食だけではない。
瑞樹は不安になると、預金通帳を眺める習慣がある。
「フフフ
あと少しで3千万円♡」
一つの目標に対してまい進する事は、向上心や責任感を育てる事になる。
目標が何もない風俗嬢は糸の切れたタコのように、フラフラと居住する都道府県を変える。
東京・大阪から落ちると、縁もゆかりもない地方都市を転々とする。
その間に父親の違う子供をポコポコ産んで、カップラーメンが母の味みたいな家庭を作る。
(私みたいにダメな親を持ったら、
結局、頼りになるのはお金だけ。)
生まれる家による違いは、格差社会のせいではない。
確かに瑞樹からすれば不公平に感じるが、恵まれた家は親や代々の先祖が努力を怠らずにパートナーを厳選した結果だ。
労働意欲が欠ける瑞樹の父親は手近で売れ残っている女を見つけ、『これでイイヤ』と種付けをしたのだ。
作中に瑞樹の父親は出てこないが、大よそこんな父親だろう。
彼らは千円があったら酒やタバコに使ってしまうから、本を買って知識を積み上げる人間と差がついて当然だ。
彼らは人生の大事な局面で気張った事がなく、気晴らしばかりで腑抜けた生涯を送る。
ダメな人に共通するのは遊興をストレス解消と言って正当化し、溜めたストレスの量より遥かに多く発散することだ。
そういう親だから故郷に帰っても瑞樹を守ってくれず、逆に稼ぎをアテにされるだろう。
資産は大人の偏差値であるが、親が一生涯見る事のない額を瑞樹はコツコツ積み上げてきた。
家族は協力し合う共同体のはずだが、バカな親は将来のたかりが目的かのように子供を作る。
彼らは福引き感覚で当たりの子供を出そうと、無責任な掛け合わせを何代も続ける。
その遺伝のツケが瑞樹にのしかかり、風俗嬢になる選択肢しかなくなったのだ。
遺伝的に近い親族はみな、貧弱だ。
親は子供が稼げば保護者ヅラをしてたかり、逆に問題ばかり起こす子なら社会に対して『あいつは勘当した』と言い訳して責任を逃れる。
勘当というのは家督(家を継ぐだけでお金になる)のある親だけが、子に経済的な罰として与えることができる。
働かない貧乏人が言う『勘当』は、祭りで買った亀が大きくなりすぎて、持て余して池に放つ行為と同じだ。
そして社会に放たれた亀は、周囲の生態系を荒らしていく。
風俗嬢以外の道もあった
容姿が恵まれない少女が上京し、風俗で稼ぐのは並々ならぬ努力が必要だったはずだ。
後がない環境で、瑞樹の才能は開花する。
ブスと罵られながら、客が性的にも精神的にも満足するようサービスを改善していった。
さらに他の風俗嬢がNGにするキモ客を喰うと、意外と金になることも発見した。
これらは決して棚ボタではなく、瑞樹のコツコツとした努力の結晶だ。
このノートには、その日相手をした男の職業や性格、金額などがびっしりと書いてある。
さらに一日を振り返る反省まで書かれていて、日報をイヤイヤつけるサラリーマン以上の事をしている。
(この日記帳も7年間で十数冊。
ガンバッたなァ――、瑞樹。)
この粘り強さや継続力があれば、風俗以外の道があったはずだ。
(私の、かけがえのない20代――)
彼女の適性にいち早く気づく人がいれば、また別の将来があったかもしれない。
例えば対面の菓子屋にでも就職し、菓子を売りながら客からのリサーチや販売動向を調べる事が得意で売り上げを伸ばしたかもしれない。
これは論理性が高いだけではできず、客という生身の人間から情報を受け取る感受性も必要になる。
だから学者タイプよりも、瑞樹の方が成果を上げられる。
同僚へのアドバイス
瑞樹が座学の理屈ではなく実地で身に着けた知識は、すぐに使えるものばかりだ。
瑞樹は珍しくできた同僚の友達の杏奈に、彼氏と喧嘩ばかりしているという相談をされる。
瑞樹は友達に男に貢ぐのではなく、貢がせるようアドバイスをする。
『だって……芳則(彼氏)ってばビンボーだから……』
「金がないなら働かせなきゃダメだって……」
『でも、働いてるよ。』
「杏奈ちゃん、”でも”と”だって”が多すぎ。
折れないからケンカするンだよ!」
元々の素養もあるが、風俗の女は客に身構えている内に何でも反論するクセがつく。
杏奈のケンカの原因で金がどうだとかは二次的なものであって、協調性のない者同士だから争いが絶えないのだ。
もう一人、瑞樹の後輩の風俗嬢も話に入る。
『あの…… 男からお金って
どーやって取るンですか?』
「タバコ代とか安いお金から払わせて、
払うのが当たり前に教育するのよ。」
そう、教育するのだ。
相手が気づかない内に、いつの間にか瑞樹のために奉仕するのが当たり前という意識を刷り込む。
瑞樹だったら過去を隠して、占い師になって客を洗脳する事もできるだろう。
占い師であれば、過去が不明な方がハクがつくというものだ。
瑞樹にとってのお金
瑞樹は路地裏で、雑居ビルの清掃をしているおばあさんの姿を見た。
労働は尊いものだが風俗の経験しかない瑞樹は、老後まで働くことなど考えられない。
(あんな年になるまで働いて、大変ね――
金がないのは辛いは。
私には金があるから……)
親にも誰にも守ってもらえなかった瑞樹は、自分で頼れる存在を作るしかなかった。
瑞樹にとってお金は単なる資産ではなく、親であり恋人でもある。
一番大切な存在だから、友達であっても貸してと言われると憤怒する。
「ハァ!? 貸すわけねェーだろ?」
金銭の厳格さに、その人の人格が伺える。詳しく:第三章 観察をして人格の断片を拾っていく
ダメ人間からお金を受け取ってはいけない理由
瑞樹は楽して金を稼いでいるわけではないので、大金を得てもいいはずだ。
だが、ダメ人間から受け取る金には注意が必要だ。
金にキレイも汚いもないが、念というものはあるように感じないだろうか?
貧乏人というのは、金を払う時に非常に恩着せがましくふるまうものだ。
そして、その時に念を込める。
特に瑞樹はキモ男の心を揺さぶって、気持ちを金で受け取っている。
客をパンクさせた事に罪悪感がないか、後輩に聞かれた瑞樹。
「何それ? わたしは夢を売ってるのよ。
風俗来るのは成人からでしょ?
いい大人が勘違いするほうが悪いでしょ?」
体を売って金を受け取るのが風俗嬢だが、夢を売る瑞樹は別のものを受け取ってしまっている。
それはキモ男たちの情念だ。
人並みの男になれなかった彼らは、嫉妬・無念・怨嗟を金に込めている。
そんなものを三千万円も貯めてしまったら、呪いとなって持ち主にふりかかるだろう。
だから風俗は続けるほどに不幸になっていく。
お知らせ
この記事は一般企業の仕事の中で実践し、効果があった『人を見抜く方法』を応用して書いています。
わたしが早めにリタイア資金を築けた一因は、人格を読み取る事が出来たからです。
小説等の創作活動でキャラクターを作る際にも、参考になると思います。
怪しい人間には、経歴や人格の点と点の情報がつながらない矛盾点(ねじれ)があります。