楽園くん編より(16~17巻)
選択肢はいくらでもあるのに、若者は勝手に焦って闇バイトに走る。
実力もないのに野心だけが強く、犯罪の捨て駒に自ら応募してくる若者のことを、半グレたちは『アホの子』と呼んでいる。
東京の仕組み
東京の勢いがいつまでも衰えないのは、全国からイキの良い若者が大勢やって来るからだ。
上京して働いて成果を上げて会社と共に発展する若者もいれば、ただ月日だけを無駄にしただけで、搾りかすになって田舎に戻っていく者もいる。
この新陳代謝が毎年繰り返されるので、東京はいつまでも若い街でいられる。
そんな中で無能であっても東京にしがみつく若者は、低賃金の労働力として東京のシステムを下支えすることになる。
若者は華やかな人生を思い描いて上京するが、誰もが表舞台に立てるわけではない。
ディズニーランドがバックヤードを徹底的に隠して夢の国を演出しているように、田舎から眺める東京はキラキラした部分しか見えない。
実際の東京は人口が多い分だけ壊れる人間も多く、そんな人々は雑居ビルの踊り場のような、人目につかない所に捨てられている。
上京して試練を乗り越えることで初めて東京人になった人々は、脱落者のことを同じ仲間とは思っていない。
東京人は冷たいなどと言われるが、毎年新しい若者が上京してくるから壊れた人間に構っているヒマなどないのだ。
田舎では〇〇さんちの子というだけで存在が認められたが、東京では有用な人間と認められないと、道端の石コロのような扱いだ。
中田
東京に吸い寄せられた若者のひとり、19歳の中田がルームメイトと原宿で話している。
中田はルームシェア代が滞っているのに、カリスマ読者モデルのG10が履いている13万円の靴が欲しいのだと言う。
ちなみにG10と書いてゴトウというのは名前をもじったニックネームで、中田はセンター(中)T(田)という、寸詰まりなニックネームを使っている。
若者は東京で就ける職や住める場所が限られる現実を突きつけられると、上京した時に抱いていた『何にでもなれる』という興奮が醒めてくる。
すると人生がこの先も進まないような閉塞感に襲われて、持ち物でステータスを上げようという浅はかな考えに走る者が出る。
自己成長で自分の価値を上げた経験の乏しい中田は、周囲と比較した相対でしか自分を認識できない。
彼はパパ活女子のように、他人より高い物を身に着ければ上に立てると思っているが、男子が持ち物で上げられるステータスは限定的だ。
専門学校のために上京したのに中退
中田が上京したのは服飾専門学校に進学したからだが、東京にはまだ学生でいたい若者のため、夢を言い訳に社会人になることから逃げるための学校が沢山ある。
例えば偏差値の低い大学にはサークル活動のような学部が用意されていて、そこに通う若者は奨学金という借金の代償に『東京の大学生』という称号を得る。
それっぽく見える学校で田舎の子を呼び寄せて借金漬けにするのも、東京の勢いを維持するシステムの一部だ。
服飾専門学校で得たものは何もない
服飾専門学校はデザイナーやスタイリストを目指して入る子が多いが、そういった感性は遺伝的な才能に左右される部分が多く、学校に入ったからといって得られるものではない。
人は何にでもなれるというのは間違いで、若者は夢破れて挫折をすることで自分が好きなことではなく、向いている道に進んで何者かになっていく。
デザイナーやスタイリストを目指して服飾専門学校に入ったであろう中田は、そこで早々に才能の限界を感じたのであろう。
デザイナーを諦めた子はアパレルショップや手芸店の販売員などに軌道修正するものだが、中田は現実を受け入れられずに学校を中退してしまう。
かといって中田は夢に近づく道へ進むわけでもなく、コンビニより時給が高いだけのラブホテルのバイトに就いてしまう。
こういった発展性がないバイトは、同僚のノブさんのように紆余曲折を経て、立身出世とは無縁になった人が就く仕事だ。
こんな風に長期的な視野を持たず、目先の金に反応してしまうのがアホの子の特徴だ。
バイト先のラブホテルにある用具置きのメタルラックを見ると、自分まで消耗品のような気分になって滅入る。
無賃乗車をする
中田は自動改札をすり抜けて、電車賃を浮かせたことを喜ぶ。
こんな風に目先の利益しか考えずに信用を下げる人間は、将来得られるであろう1万円を逃す。
本編で中田が無賃乗車で捕まる描写はないが、駅の職員にジッと見られている場面がある。
高度に集団化された現代社会では軽蔑のまなざしは共有化され、自分の行いは因果応報となって戻ってくるようになっている。
仮に中田が有名人になれたとしても過去が掘り起こされて、積み上げたキャリアはキャンセルされるだろう。
こんな風に目先の利益しか目に入らない中田は、社会的地位を上げる長期的な選択が選べずに、何年東京にいても上京当時と変わらない地位で足踏みしている。
東京で嫌なヤツになっていく理由
中田は東京にいるだけで何の取柄もないから、読者モデルとして顔が売れている男にすり寄ってもウザいと追い払われてしまう。
それでもミジメにすがろうとするが、こういう卑屈な男が一目置かれることはない。
「俺、ウザイっスか?ウザイっスか?
イヤー地元じゃ愛されキャラなンスよォ~」
ウザイか二回聞くところがウザく、愛されキャラということは地元でも軽く扱われていたということだ。
地元で大したことのなかった人間が東京に出ただけで、化学変化を起こしてランクが上がることはない。
上京した無芸の子はこんな風に見下される経験をするから、傷ついた自尊心を修復するために新参の田舎者を見下す傾向が強い。
「ウジャウジャ ダセー田舎者が湧いてきやがって‥‥‥」
社会人になれないアーティストやDJモドキが多い渋谷では、コンプレックスをこじらせて見下す対象を探している者が特に多い。
平凡をバカにする
中田が田舎から出たかった理由は、休日の父親がだらしなく過ごすのを見て、こうはなりたくないと思ったからだそうだ。
ちゃんと働いたことのない子は、自分が想像する薄っぺらいカッコ良さを大人に求める。
だが家族を養うために平日はしっかりと働き、休日に静養する生活を持続することは、子供が想像するより簡単なことではない。
こういった平凡(基本)をバカにする者は、足元をすくわれて平凡にさえなれない。
「自分はカッコいい大人になる」と言うコは、大抵がその誇大妄想に押しつぶされてカッコだけの人間になる。
カッコだけの者は中田のようにファッションに逃げたり、最近ではNPO法人に逃げたりして誇大妄想の世界に浸りつづける。
さえない若者の承認欲求の満たし方
中田の時代はスマホが無かったので、承認欲求を満たす手段は雑誌などの媒体に出ることだった。
現在はSNSが自己表現の手段になったが、使う媒体が変化しただけで人の本質は中田の頃と大差ない。
ストリート雑誌には編集者のフィルターがあったが、SNSでは個人がダイレクトに発信できてしまうため、人々はアホの子の発想にダイレクトで触れることになった。
他の人ができないことを披露してバズれば一瞬で注目を集められるが、秀でた所がなにもないアホの子は迷惑行為でしか表現できない。
他の人ができないこととヤラないことの違いがわからないアホの子は、社会からペナルティを受けてしまう。
アホの子が最近になって増えたのではなく、テクノロジーが進化して可視化されるようになったに過ぎない。
オーラが見えると思ってる
中田が心酔しているのはストリート系ファッション誌に載るG10(ゴトウ)という男だが、生業はよくわからない。
若者がG10みたいな男や、どこの馬の骨かわからないマルチの主催者に心酔するのは、自身と同じように地に足のついていない人間に魅力を感じるからだ。
彼らは人を見る目を養った経験がないのに、なぜか自分は人を見る目があると思い込んでいる。
若者はオーラが見えるワケではなく、経験に基づく判断材料がないから上辺の雰囲気に騙されてしまうだけだ。
例えば多動で言葉が抑えられないだけのラッパーを見て、すぐに頭の回転が速くて賢い人だと思ってしまう。
自分にも賢さがなければ他人の賢さは理解できないものだが、原宿・渋谷が先端の街だと思ってる彼らは、そこにいるだけで自分が賢い存在になった気でいる。
東京で養分にされるのは、そんな思い上がった子たちだ。
ファッションに逃げる
無策でも何とかなると思って上京する若者は、大抵が何ともならない。
中田は学生の身分で気楽に遊ぶ同年代に対し、自分が何も手にしていないことを嘆く。
「俺はなンもねェ!!」
自主退学で学生の身分を捨てたのも、無賃乗車でプライドを捨てたのも中田本人だが、まだ子供だから自分が与えられていないことへの不満ばかり出てくる。
自分の中に軸を持っていない中田の判断基準は他人との比較で、人生さえも高校時代の同級生を比較対象にしている。
「同級生が大学卒業する22歳までに、俺は何者かになりてーンだ!!」
無意味な専門学校に通って時間を浪費し、更にラブホのバイトで時間を切り売りしておいて、22歳のタイムリミットを設定して勝手に焦っている。
自分のしっぽを追いかけてグルグル回る犬のような中田は、ジタバタした末にロクでもない答えを出す。
「オサレ(おしゃれ)皇帝になれれば人生が変わるンだ!!」
中身の成長は時間がかかって面倒くさいから、手っ取り早く外見でごまかそうという思考の若者は、一定数見られる。
しかし男子が時間とお金をファッションに費やしても、それに見合うリターンは望めない。
女子であれば外見の才能で年収の高い男性を獲得できるので、外見が富を得る手段になる。
女性の方がファッションに貪欲なのは、得られる実利が男性よりも多いからだ。
女性が肌ケアに熱心なのも、健康的な肌が母体に適していることの証明となり、男性の本能を刺激するアピールになるからだ。
一方で男が肌を美しくしても補助的な魅力にしかならないが、優先順位がわからない中田は地位や年収を上げる努力の前に、真っ先に肌の手入れをする。
こういう男はベニヤでできたハリボテの豪邸と同じで、付き合うと経済力も生活力も無いことがわかる。
異世界転生の世界観で生きている
異世界転生とは現実世界でパッとしない主人公が、異世界に行くと最初から特別な能力を与えられていて無双し、皆の人気者になれるジャンルのアニメだ。
陽キャがオタクとバカにする異世界転生だが、東京に住めば人気者になれると思っている陽キャの頭の中こそ、異世界ファンタジーそのものだ。
嫉妬心の強い彼らは同族を嫌悪するもので、中田は読モと同じように東京で主人公になろうとしている、なんちゃってDJを敵視している。
なんちゃってDJは音楽の才能がないけど他人が作った音楽を流すことで、自分もそこに加わっている感を演出する。
彼らはエアポッズが流行する前はバカでかいヘッドフォンをして街を歩くことで、音楽関係者っぽい顔をしていた。
スケボーもスポーツっぽいことをやってる風のアイテムだが、わざわざ人ごみが多い渋谷で見かけるのはアピールだからだ。
彼らの異世界ファンタジーは、常に観客を必要とする。
男性読者モデル
読者モデルとして撮影に呼ばれるようになった中田は、憧れていたイッセイに話しかけられた。
「若いうちにしか着れない痛々しい服を着てさ、
冒険しながら20代後半で洗練されればいいと思う。」
中田はアホだが素直なところがあるのでイッセイの言葉をそのまま受け取るが、中田と同年代の二十歳前後のモデルは陰口を叩く。
「なんかエラそうにはしゃいでるね イッセイくん。」
『俺 あいつキライ。今年28だよね、
おっさんだよもう。言うコト全部”説教臭い”。』
ドライな彼らの辛辣な陰口に、ウェットな部分を持った中田は切なさを感じる。
イッセイは美容師で、読モをやっているのは競争の激しい都会で知名度を上げて客を集めるためだ。
そんな労働者であるイッセイを小バカにする、大学生の読者モデル。
男性読者モデルというのは周囲と比較されて評価が定まるものなので、大学生の読モはイッセイをけなすことで優位性を感じられる。
服装で地をごまかし、心無いことを平気で言える彼らはマイルド・サイコパスなのかもしれない。
もう一人も負けじとイッセイの悪口を言う。
『いい年していつまでも読者モデルやってるなよなぁ‥‥』
この二人も腹の中では互いを見下しあっているような関係だろう。
ただ彼らのイッセイへの悪口にも一理あって、女性の読者モデルが容姿を見込まれてタレントやユーチューバーにステップアップする道があるのに対し、男性読者モデルの殆どは消えていく。
中田の地位が上がらない理由
原宿のカフェで朝からアイスコーヒーを飲む自分に酔っている中田。
コーヒーを飲んだ後はお冷を何杯もおかわりしてネバる。
よく見ると中田はイスの上に土足で乗っている。
若者が好き勝手に振る舞うのは、その場所が自分のテリトリーであることを誇示するためだ。
原宿や渋谷が他の街より汚れているのは、東京にやってきた若者が犬のマーキングのようにテリトリーを主張するからだ。
土足でイスの上で体育座りする中田だが、こういう日常の細かい仕草にこそ人間性があらわれる。
人間は群れることで発展した動物なので、社会性のない人間はひんしゅくを買い、地位が上がらないようになっている。
上京したところで社会に有用でないと判断された人間は、いつまでも東京の経済の輪の中には入れない。
群れからはぐれた小魚から犠牲になるように、東京では輪に入れなかった子から喰われていく。
スルッと闇バイトの世界に入る
アホの子は底が浅いから、現状維持の方法をすぐに他者に求める。
さらに彼らは人を見る目がないから、何が生業なのかわからないG10(ゴトウ)のような人物をメンター(導いてくれる人)だと思ってしまう。
G10が履いてる靴を13万円で売ってもらう約束をしている中田だが、代金の期限を迫られて取り乱す。
アホの子は期限を迫られると頭が真っ白になって、普段から高くないIQが更にダダ下がる。
そういうのを知って揺さぶっているG10は、中田に一枚のメモを渡す。
メモには自転車の種類と値段、それに欲しがってる人物の連絡先が書いてある。
つまり闇バイトのオーダーだ。
今では闇バイトの募集はSNSに変わり、指示役と闇バイターは全国規模でつながるようになったが、やってることはメモを渡す時代と同じだ。
ドロボーをすることに一定の抵抗を感じる中田だが、同時に人生の遅れを取り戻したいと思っている。
序盤の出遅れなど長い人生で考えれば誤差レベルの差だが、闇バイトに堕ちる子らは成功体験がないから、少しでも出遅れたら一生負けが確定すると思い込んでいる。
彼らは基本的に本を読まないから、陳腐な決めゼリフに感銘を受けて簡単に闇バイトに転ぶ。
「人生は一度きり。
近道で突き進め。」
アホの子は行動力がある
アホの子は頭に空っぽなスペースがあるから、すぐに他人に感化されてしまう。
(人生は一度きり。近道で突き進め!!)
彼らは選択肢があると大抵は不正解の方を選ぶが、それだけで損害が発生するわけではない。
彼らはなまじ行動の思いきりがよいから間違ったことを実行に移してしまい、損害が現実になってしまう。
(ああ!!?
この自転車10万で売れる奴だ……)
アホの子は【泥棒行為】と【10万円が手に入る】という二つの情報が入ってくると、脳の容量が少ないからテンションが上がる【10万円が手に入る】という情報だけしか残らない。
だから泥棒のリスクとお金のリターンの間で葛藤が生まれることはない。
検挙された闇バイトの子たちニュースで顔に罪悪感が浮かんでないのは、重い刑罰が確定した後でないと罪を認識できないくらいアホだからだ。
アホの子は欲深い
闇バイトに走る子とそうでない子の決定的な違いは、欲の深さにある。
普通の子が高価な物を欲しい時は、仕事をしてお金を貯める過程でスキルや胆力が高まり、手に入れる時には高価な物に相応しい人間になっている。
しかし中田は一番重要な『欲しい物をモチベーションに自己成長』する段階をすっ飛ばして、自転車泥棒をした金で13万円の靴を買ってしまう。
欲が深いというのは、現状の自分のスペックに相応しくないものを手に入れようとすることだ。
他人との比較で生きている
アホの子というのは近道で自己成長の機会を失っているから、自分の中に芯が無くて他人との比較でしか己の価値を感じられない。
13万円の靴を履いて、見せつけるように街を歩く中田。
「へへ♪(見てる見てる!!)」
だが持ち物で承認欲求が満たされても一時的で、麻薬と同じで次はもっと 強い刺激=高い物 を買わないと満たされなくなる。
身に着ける物の金額でしか自分の成長を感じられないから、金はいくらあっても足りなくなる。
闇バイトがエスカレートする中田
元からG10に憧れている中田だが、オーラが出てると言われてますます心酔する。
アホの子たちはその短絡的な行動ゆえに褒められたことがないから、認めてくれる人がいると尻尾を振って懐いてしまう。
G10はそんな軸の無い子たちをパペットのように操り、自分が楽して生きることだけを考える人形使いみたいな男だ。
G10は少しずつ人を腐らせる術に長けているから、中田の良き師匠を演じながら闇バイトをエスカレートさせていく。
G10はもうひと山越えてみろと中田に試練を与えるように、川崎駅のロッカーの中の荷物を新宿のマンションに届けろという怪しい仕事を中田に課す。
川崎と東京を隔てる多摩川はメキシコ国境みたいなもので、本場がコカインのルートになっているように、川崎⇔新宿の間もロクな荷物が行き来しない。
自転車泥棒から運び屋の真似事にエスカレートすることに少しだけ迷う中田だが、危機管理能力が低いので大して危険だとも思っていない。
最近は大手の求人サイトに普通のバイト募集を装って闇バイトの募集をする手口があるが、これも相場より高い報酬を不審に感じられれば避けられる。
そんなバイトに応募するのは、やはり変なところだけ思いきりのよいアホの子たちだけだ。
『U(You)。トンネルを抜けろ!
近道を突き進め!!』
専門学校さえ続かないほど意思の弱い中田は、G10に軽く背中を押されただけでその気になってしまう。
(近道を突き進め‼)
指定された駅のコインロッカーの前に来ても、中田は『箱の中身は何だろなゲーム』くらいの危機感しか抱いていない。
(すごくヤバイモノだったりして‥‥‥)
だが想像に反してロッカーの中には、中田くらいの年恰好の男がコンビニで買いそうな飲食物だった。
これは職務質問をされても怪しまれないためのもので、こういった予測と対策を考えられる反社は、中田よりは頭が働く。
頭の良し悪しで序列が決まるのは一般の会社と同じで、闇バイトも下に行くほど頭が悪そうで、しまりのない顔をした男が多い。
反社はアホな子たちがどう動くのかを知ってるから、その動線の上にワナを仕掛けるだけで懲役を肩代わりしてくれる人間を確保できる。
G10はまず簡単な仕事で中田に金を与えて、餌付けの要領で囲い込む。
人脈が広がる
中田が他力本願で有力な人間にすがりつく習性を知ってるG10は、人脈を広げることを餌にしてガッチリと中田を囲う。
『U。この店でどんどん顔を売っチャイナ。
サクセスの近道へアクセスだポォ~~』
中田は誰かが自分を引き上げてくれると思ってる
有力者が若者の話を聞くのはボランティアではなく、才能を持った若者を見つけ出すことが自分にもプラスだから、オーディション感覚で門戸を開いている。
人脈というのは単に人と会うだけで広がるようなものではなく、能力が認められて初めて関係性が築かれる。
成功した人ほど無駄な人間関係を省いてきたから、真っ当な成功者が伸びそうな見込みのない中田を拾い上げる理由はない。
箸にも棒にもかからない弱者男性というのは傲慢なところがあって、何もできない自分のことを気に入ってくれて、人生を引き上げてくれる有力者があらわれると思っている。
だがユニセフでさえ報酬をもらって人助けをしてる世の中で、そんな都合の良い人間はいない。
成功者はギブ&テイクを基本にしているので、一方的にすがりついてくるだけの男がいたらサッと身を引いて、関係をフェードアウトさせる習性がある。
東京には常に若者の流入があるから、見込みがない者はヒヨコの雌雄鑑定(オス・メス判別)くらい一瞬で見切りをつけられてしまう。
もしも”スゴイ人”でありながらアホの子の話を熱心に聞いてくれる人がいたら、それは養分となる人間を集めて騙すような連中くらいだ。
原宿で知名度のあるG10が中田を相手にする理由は、使い捨てのパシリとして使い勝手が良いからに過ぎない。
負の人脈が広がる
G10の仲介で中田の人脈は広がっていったが、どれもG10のように中田を都合よく使おうとする者ばかりだ。
日本のIT黎明期は優秀な人材が進出しておらず、その頃にファッション通販サイトが当たった小野社長。
学生時代にモテなかったウサを成金になってから晴らすため、素人か玄人かあいまいな若い女性を求めていて、中田にも女の手配をさせる。
経済力は男の価値のバロメーターだが、女はその富が生得的なたくましさで得られたものか、それともたまたま得られたものかによっても差をつける。
チンチクリンで成金の小野社長は金持ちでもオスとして一段下がるため、整形美女やイケメンのおさがりみたいな女にしか相手にされない。
そんな劣等感から小野社長は中田を下僕のように扱う。
こういう人間と付き合うと自尊心が下がり、自分にとって価値のある選択ができなくなり、人生が沈下していってしまう。
小野社長のように相手の魂を吸い取る人間は、ジトッと嫌な顔立ちをしているからわかりやすい。
中田の人脈は他にも広がり、会員制ラウンジをやっているキクチとつながりが生まれた。
会員制ラウンジとはクラブのようにホステスはおらず、建前として女性会員と男性会員が出会って歓談を楽しむ、素人キャバクラという位置づけの店だ。
キクチはラウンジの店長らしく人当たりが良さそうに見えるが、客だったグラドルが身を持ち崩しても冷たく、非モテの男性客たちのことも腹の中では見下している。
中田の利用価値が少しでも落ちたら、きっとキクチは口も聞いたことがないという態度を取るだろう。
東京はSNSのプラットフォームみたいなもので、知り合ったように思っても突然フォロー(知合い認証)が解かれて、一瞬で人間関係がなかったことになる。
こんな知り合いが何人増えようとも、困難な時に助けてくれるような友達にはなりえない。
質の悪い人脈を広げて行きつく先
質の悪い人脈を広げて自分の価値を落としていけば、行きつく先は社会から落ちてくる人間を捕食するヤクザのところだ。
闇バイトをこなしている内に中田が引き合わされたハブも、そんな捕食者の一人だ。
ヤクザというのは脅しばかりと思われがちだが、元来は時代に合ったシノギ(稼業)を生み出すクリエイターで、金になるならどんな事業にも進出する。
かつて原宿ではヤクザ資本のアパレル店が多くあり、ハブも薬物を扱う傍らでアパレル界隈にも絡んでいた。
そんな商才があるなら普通に商売をすれば良いと思うかもしれないが、人当たりが良いわけではない彼らの商売が成り立っているのは、やはり暴力によるアドバンテージがあるからだ。
考えない中田
G10やハブから回される仕事は段々とエスカレートして、運ぶものも重たい物になっていった。
もしも荷物の中身が薬物の場合、これほどの量を持っていて捕まったら初犯でも執行猶予はつかないだろう。(すぐに服役)
そんな危険な闇バイトをやってしまうのは、やはり中田が考えることから逃げるアホだからだ。
NHKが一番キツい集金を外注に回すように、G10たちも一番リスクのある役割を中田みたいな使い捨ての人材にやらせる。
こういう役は一回・二回やっても捕まらないが、防犯カメラや警官の視界に入る回数が一定を超えたある日、急に捕まったりするものだ。
これは一般社会の動線とは異なる動きというのは人の意識に残りやすく、同じ場所で二回も目にしたら『あの男は何か怪しい』と警戒されるからだ。
中田はリスクが少しずつ積み上がっていることなど知らず、手に入れた金にものを言わせて買った服で、街かどスナップで雑誌に載るようになっていく。
そんな中田を男前と褒める女子も出てきたが、そういう女子は初めて陸に上がった魚類のような顔をしていて、男前の何たるかが判断できる美的感覚を持っているとは思えない。
「センターTくん(中田)
どんどん男前になってくね。」
プクッ(小鼻を膨らませる中田)
間に合わせの方法で自分を取り繕っても、大して見る目を持っていない者からの賞賛しか得られない。
服が足りない
服で承認欲求を満たそうとする行為は、少し食べると余計に食べたくなる食欲のように、服を買うほど次の服を渇望するようになる。
中田は高いシャツを買ったが、それに合うパンツとジャケットが無いのだという。
(服は手に入れれば手に入れる程
足らないものに気づかされる‥‥‥)
揺らぐ中田
原宿や渋谷は中田と同じように、他人との比較でしか自分の価値を感じられない若者が多く、彼らは誰かを貶(けな)すと相対的に自尊心が満たされる。
少し有名になって烏合の衆から抜けた中田は、今度は自分が貶されるターゲットにされる番だ。
中田は街で自分が『ヘンな花柄のパーカーにヒョウ柄の靴ばかり』と言われてるのを耳にする。
他人からの評価だけが中田のアイデンティティ(存在証明)だから、少しでも否定されると生命力が揺らぐほど傷つく。
そこで中田はブランドの服に頼らず、自らのセンスをファッションで体現しようと思い立ち、街を観察してインスピレーションを得ることにした。
ビルの作業員を眺める中田。
(労働者の服には意味がある。作業着は機能的で意味がある。
意味のある服を取り入れた、労働者風コーデで勝負だ!!)
中田は覚醒した気分になっていたが、インスピレーションというのは生まれつきの才能があってこそ降りてくるもので、能力不足で服飾専門学校を中退した彼に発想力はない。
案の定、中田の労働者風コーデは板についていないため、災害時の県知事の防災服姿のようだとバカにされる。
こんどは軍パン(カーゴパンツ)とサングラスを加えてみるが、これもズレ感があって北朝鮮の独裁者のようだと言われてしまう。
あげく無駄を省いたシンプルなコーデで勝負をすれば、ハダカの大将と言われる。(肌着のランニングシャツがトレードマーク)
他人にアレコレ言って自分が偉いと思いたがる若者たちは、中田の格好をいちいちバカにする。
それを受ける中田の方は、スキルや社会的地位など自尊心を守る壁が何も無いから、ダサいという言葉を浴びるのは死ねと言われるに等しい。
(今日は外出れない‥‥‥
外に出る意味が分からない‥‥‥)
中身がない若者にとっては外見こそが本体だから、「ダサい」「キモい」と言った言葉を投げつけられると、塩をかけられたナメクジのように存在が溶けてしまう。
中身のない若者には最終兵器のような威力のある「キモい」「ダサい」という言葉は、自分が浴びたくないから先制で相手に浴びせるので、微妙なコほど口癖になっている。
金が入っても出ていく
闇バイトで稼いだ悪銭が身につかないのは、使いこなす能力が育っていないのに身の丈に合っていない金が手に入るからだ。
見栄えだけが価値の中田は見栄を張るための出費がかさむようになり、犯罪で稼いだ分がそのまま出ていく。
真っ当な社会人が蓄財できるのはスキルの向上に応じて報酬がもらえるからで、収入が増える頃には相応の管理能力が備わっている。
それに対して近道してお金を手に入れた中田は、ファッションセンス同様にお金を使うセンスもない。
服は流行の先端のデザインを買えば翌年には古臭さが目立つし、髪は高い美容室で切ったところですぐに伸びる。
自分に何もないなら翌年に収穫できるようなものに支出をすべきなのに、中田は時間が経つと無価値になるものにばかり支出する。
闇バイトをやる若者の多くは社会のせいで貧しいのではなく、金の使い方がデタラメだから貧窮するのだ。
闇バイトで連続強盗を行った実在の犯人たちの金の使い道は、高級時計やキャバクラ風のダーツバー通いなど、中田と同じく自己投資にならないものに費やしていた。
借金をつくる
G10に金の相談をして、借金を勧められる中田。
人は借金など金の悩みを抱えると格段に知能指数が下がって、ますます判断を間違えるようになる。
G10が求めるのは自分の頭で考えられない人間だから、借金漬けにした方が都合が良い。
人を奴隷のように使う洗脳系の犯罪では、借金漬けにする手口がよく見られる。
中田の負の人脈がまた広がって、今度は闇金とつながりが生まれた。
「どーも。すぐそこの喫茶店で借用書書いて。」
もっと金がいる
運び屋をしても借金をしても金が足りない中田は、またしてもG10を頼ってしまう。
巧妙なペテン師のG10は「投資は自己責任」と言う投資アドバイザーのように、最後の決断は本人にゆだねる。
「じゃあパンドラの箱
開けちゃう?U(You)
でも、もう後戻りはできないよ。」
後でトラブルになっても自分で決断したという負い目があるから、アホの子は強く出れない。
闇バイトや投資詐欺には、こういったブラックな心理学に基づいた仕掛けが張り巡らされている。
G10にヤクザのハブのところへ連れていかれ、金が欲しいなら今までのような運び屋ではなく直接販売をするように言われる中田。
つまりヤクの売人だ。
トリックアートで階段を上っているのか下っているのかわからない絵があるが、中田もステップアップを目指していたのに、いつの間にか転落人生を歩んでいる。
闇バイトに応じる人間は勝手に人生に焦り、やる必要のないことに精を出し、気づいたら犯罪者になっている。
中途半端な中田
中田が根っからの悪党であったら、闇バイトの駒ではなく使う側に回っていたはずだ。
クラブの隅で泣いているのにブスだから誰からも慰めてもらえない女子を見つけると、見向きされなかった頃の自分を重ねて寄り添う中田。
他者の痛みがわかる共感性を持っているというのは、反社の世界では弱さになる。
人の頭をバットでフルスイングできる人間だけが、反社の道に進むことができる。
反社の人間は基本的に家族関係が破綻しているものだが、中田は仕送りをもらったりしていて親子関係は悪くない。
ただ親の失敗は18歳の中田の自主性に任せたことで、地元でお調子者だった子は東京で調子に乗り、親の監視がないから無軌道になっていった。
制度的には18歳で成人となっていても、実際は±3歳くらいの個人差はあるから、中田の精神年齢はまだ15~6歳くらいだろう。
闇バイトに退職制度はない
中田は薬物の販売をしたかと思えば、職務質問にビビってヤクザのハブにもう無理だと訴えるが、闇の世界は入りやすく抜けにくい。
『中田ぁ…そう言わずにもう一回頼むぜ!!
お前スゲー才能あるぞ!!』
(へへへ‥‥‥才能あるとか言われちゃった……)
ヤクザはドスの効いた脅しばかりではなく、褒めそやすテクニックも教え込まれている。
柔道のように押し引きで相手を揺さぶって一本とるのが、ヤクザの交渉テクニックだ。
それでも中田が渋ると、ハブはテキ屋(露天商)の顔になって金銭的なメリットを提示する。
「よし!!分かった!!出血大サービスだコノヤロ――!!
50gを100万円でどうだ!?」
ヤクザは人の弱さに対する嗅覚が優れているから、中田が金の欲望に弱く、頭の中で皮算用することがわかっている。
けっきょく中田は自分の欲に負けて売人を続けるが、もしこの状況で断っていたらヤクザはメンツをつぶされたと激怒するだろう。
ある種メンヘラなヤクザには自分勝手なお互い様のルールがあり、自分が金銭的に譲歩したのだから、中田はお返しとしてYESと言うのが筋だと思ってる。
ヤクザが人を痛めつけても心が痛まないのは、筋違いのことをした人間は絶対悪であり、制裁を加えるのは正義の行動だと信じているからだ。
中田が一人であれば飛ぶこともできるが、親子関係が破綻していない彼の場合、田舎の親が人質になってしまう。
表の世界なら親子の縁は命綱になるが、全てが逆さまの裏の世界では命取りになる。
反社の人間は闇で金を稼ぎながら都合よく一般人に戻ろうとする者を許さないから、抜けようとすれば一般人が大事にしている人との繋がりを攻撃する。
闇金にも狙われる中田
闇の世界を経験すると、最初はルールを超越した自分に万能感をおぼえて、最強の存在になれた気がする。
だが法の支配の外に出るということは、同時に自分が法に守ってもらえなくなることを意味する。
闇金は金を借りに来た中田の素性を調べ上げ、薬物の売人をしていることをつきとめて恐喝のターゲットとしてマークする。
恐喝で相手に警察に駆け込まれるのは、被害者が失っても惜しいような社会的地位を持っていない場合だ。
それに中田自身は大して金を持っていない。
だが中田をネタにして親を脅迫すれば、警察沙汰になって弁護士や保釈金に数百万円をかけても子供に前科がついてしまうなら、口止め料を払ってでも我が子を守ってやりたいと思う。
親子の縁が切れている反社の人間は、親が子を思う心さえも無慈悲に食い物にする。
闇の世界はサファリパークのように安全な見学ツアーなどなく、一般人が入れるのはエサとなる搬入口しかない。
一般人のカテゴリーから外れるということ
誰かが捕まらないと警察は意地でも捜査を続けるから、闇バイトの指示役は末端の人間が捕まるまでを計画に入れている。
アホの子の闇バイト生活の後半は反社の人間に脅されて、恐怖しながら逮捕されるまで犯罪を続けさせられる。
捕まった闇バイトが脅されていたと泣きごとを言っても、一般人は同情しないで嫌悪する。
社会というのは無条件に一員になれるわけではなく、まじめに働いて社会に有用と認められて初めて居場所が与えられる。
一般人が闇バイトの駒やマルチの被害者に冷たいのは、自分たちに迷惑をかける存在という点で、悪もアホも大差がないからだ。
闇バイトをやる前の中田は何もないと言っていたが、反社と違って銀行口座や携帯電話を契約する、普通の生活を送れる権利を持っていた。
彼は一般人の枠の中にいることで多くの選択肢が与えられていたことに気付かず、それらを捨てて本当に何もなくなった。
社会に相応しくないという烙印を押されたら挽回のチャンスはなく、安全に暮らせる一般人の枠の中には二度と入れてもらえなくなる。
そして皆の記憶からも消し去られ、最初からいなかったことにされる。
中田のことは、もう誰も知らない。